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華の碑文 世阿弥元清華の碑文 世阿弥元清
杉本苑子

中央公論新社 1977年01月

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 杉本苑子さんは、永井路子さんと並んで私の好きな歴史小説家ですが、お二人とも時代を選ばないのですよね。なんで古代飛鳥とかの小説も書ければ、江戸時代の小説も書けるのだろう…歴史ファンながら、時代的に偏りのある私には羨ましいばかりです。

 この『華の碑文』は、サブタイトルにあるように能の大成者・世阿弥元清の生涯を、弟にあたる観世四郎元仲の目を通して描いた小説です。父・観阿弥による「曲舞」導入による猿楽能の変革、今熊野の演能による若将軍・足利義満との出会いと寵愛による栄光、観阿弥の死と近江猿楽・道阿弥への師事による方向性の転換、義満の死による没落、観世元重(四郎の子、後の音阿弥)の栄達と対照的に息子である観世元雅・元能兄弟の悲劇、そして自身の佐渡配島。

 こうした世阿弥という1人の天才の涯を、南北朝という血生臭い時代を背景にして、描ききっているように思います。

 タイトルにある「華」。『風姿花伝』のほか『花鏡』『至花道』など著書の題にも示される通り、生涯「花」を求め続けた世阿弥の、まさに碑文といえる内容をもっています。先に挙げた著作の内容を作中の効果的な部分において使われていることがまた、上手いなと感じます。

 印象的なのが時流に翻弄されながらも一貫して能を追求し続ける世阿弥の姿です。美しい面だけではなく、稚児というものの闇の面も描きながら、それもまた能を追求するための手段としてしまう世阿弥。音阿弥に対しても息子の敵として恨む心はありながらも、後継者として息子たちよりも適任であることを認め、後事を託していく姿。

 特に最後。世阿弥の死のシーン。世阿弥の死は、「能」が世阿弥という個人から解放されて約600年の後の現在まで、そしてこれからも伝わっていく礎となったことがここには描かれています。

 ただし、すでに30年ほど前の本であるだけに、現在、研究者の方が話される世阿弥研究とは、かなり異なる内容が多く含まれています。ですから、あくまで小説として読むのが無難でしょうね。

(2005/02/09)

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