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関西における能楽研究の第一人者である天野文雄教授による能楽の概説書です。 天野教授が大阪大学で行っている、能や狂言に接したことのない大学生向けの概説的な講義を元に書かれたものであるだけに、学問的で、しかも読みやすい本となっています。 ほかの概説書にありがちな曲目紹介を中心とした記述ではなく、表題にある通り、能と狂言の歴史を振り返り、そして現代の能・狂言もその歴史上の流れの上に位置付け、今を生きている演劇としての「魅力」を探り出そうという試みとなっています。古典芸能とはいえ、あくまで現代を生きる芸能として見る姿勢がつらぬかれています。 例えば最初の章「開講にあたって◎現代の能楽事情とその問題」には、能の演劇として実に不思議なものであることを指摘されています。 私は能に触れ始めてから数年というペーペーですが、それでも既に「能での常識」がある程度身に着いてしまっていて、本来不思議であるはずのものを「そういうもの」で片付けてしまっているという状態になっているのです。 その例のひとつとされているのが能『葵上』で、葵上に憑いた物怪の正体を突き止めるために招かれた、葵上側の人物であるツレ照日の巫女が、途中からシテの六条御息所の生霊に加担して葵上を苦しめるという、不自然な演出となっています。 現在は『申楽談義』に記された演出を用いて、破綻を是正する形の演出が観世流の「古式」という小書(特殊演出)として定着していますが、それ以前の長い間、この不自然な演出が特に問題になることもなく演じられ、そして鑑賞されてきたのです。 能や狂言が「不変」であるという固定観念は、演者や観客に「そういうもの」という「思考停止」を生み、能・狂言に対する合理的理解を阻んでいるのです。能・狂言は決して不変のものではなく、今までの歴史の上で変化しつつ、今の形に落ち着いたのです。「歴史」とは多くの場合、「変化」をほぼ同義です。 能ばかりではなく、狂言についての記述もあるのが好感が持てます。 (2004/09/21) |
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