大鼓の稽古《錦木》

大鼓の稽古日でした。今回の曲は『錦木』。

「錦木」とは五色に彩った木のこと。男が恋する女の家の戸口に夜ごとに一本ずつ立ててゆき、女は同意するときこれを中にしまう、という風習が昔、東北地方にあったと言われています。本当かどうかは分からないのですが。

能『錦木』の場合は、それを女が取り入れてくれないので3年もの間、錦木を立て続けて、そして死んでしまったという男が主役。この曲、私、大好きなんです。『錦木』とか『通小町』とか、恋の実らなかった男の執心を描いた能って大好きで。でも、この話を女の子にすると「そんなの諦めたらええのに」と一蹴され、挙句の果てにはストーカー扱いされてしまいますけれどね(^^;)

お稽古を受けたのは、男女の亡霊が現れる後半。男が三年も錦木を立てながら恋が実らなかった恨みを述べるものの、僧侶の回向によって今宵望みがかなったと喜びの舞を舞い、朝の野中に消えていく部分です。

曲の仕組みとしては、前の『松虫』と並んでややこしい曲でした。でも抑揚が強くてややこしいと思うクセを必死に覚えて、舞の後は「だいたい」で覚えて行ったら、クセはほぼ完璧に打ちながら、最後のキリで何度もつっかえました(汗) 稽古はいつも懸命にしなきゃ…どこだって手を抜いてはダメですね。

キリは大ノリの謡ですし、ただめでたく終わるだけだからと(めでたい曲は強くスッキリ打つものですから(笑))、正直少し舐めていたのですが、よく見ると恋が成就してめでたいという終わり方ではないのです。本当にめでたいのは舞の前後だけで、その後には「影恥づかしや。恥づかしや。あさまにやなりなん」「夢も破れて」とあります。なにか憂いを帯びたような結末。

それに併せて謡の調子も微妙に変化しますし、普通は打たないような手が並んでいます。大鼓はこうやって、情緒を出すんだな、と改めて感じさせられました。結局、シテは成就してもまた、ややこしい恋の妄執の内に沈んでしまったのか…そんなことを感じました。

ちなみに大倉流宗家では『錦木』は禁曲だそうで、打たれないそうですね。弟子家に習っているからこそ、お稽古できます。大好きな曲なので大切にお稽古させていただきました(^^)

しかし、男舞は強く、神舞は激しくと、前は舞の調子にあわせて全体もそのままの調子で打っていたのに、『敦盛』『松虫』『錦木』と部分部分にあわせて、随分、打ち方を使い分けねばならないようになってきました。ややこしいですが、面白い。

最初始めたころは調子が取れないし、手(打ち方)は覚えられないし、先生は厳しいし(笑)と投げ出そうかとも思いましたが、今は楽しくてたまりません。次は「神楽」の曲です。笛の唱歌が全然違うので恐ろしい…けど、覚えたときは快感なんだろうなぁ(笑)


ところで。以下お稽古には全く関係がないのですが『錦木』関係で。

『錦木』にはクセの最後で「さていつか三年は満ちぬ。あらつれな。つれなや」と謡っておきながら、続いて「錦木は千束になりぬ。今こそは人に知られぬ閨の内見め」という和歌が入り、「嬉しやな。今宵鸚鵡の盃の。雪を廻らす舞の袖かな」と喜びの舞に繋がるという妙な部分があります。悲恋の場面から突然、恋愛成就の場面に繋がっているのです。

この部分については、上に書いたように「僧侶の回向によって今宵望みがかなった」とするのが従来的な解釈。それに対して、2月21日(月)に催された関西能楽フォーラム「徹底分析《錦木》」で、大阪大学の天野文雄教授が、これは生前に恋が成就していて、それの再現に過ぎないのだ、という新説を紹介されてました。が…。

正直、「錦木は。千度になれば徒らに。我も門辺に立ち居り錦木と共に朽ちぬべし。袖の涙の邂逅にもなどや見みえ給はぬぞ」オレもここで錦木と一緒に死んでやる!何で一目でも会ってくれないのだ!と相手に脅しをかけるかのような部分すらある。そこまで歎いているのが、生前に成就しているならなんで?と思うのです。

だから、「あらつれな。つれなや」の後に、シテとワキの問答といったものがあったのが抜けてしまったのでは、という意見もあるとか。まあ、いろいろな解釈ができるのも能の面白みでしょうか。

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柏木ゆげひ

大学の部活動で能&狂言に出会ってから虜→現在は会社員しながら能楽研究の勉強中。元が歴史ファンのため、能楽史が特に好物です。3ヶ月に1回「能のことばを読んでみる会」開催中。能楽以外では日本史、古典文学などを好みます。

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