大鼓浴衣会『山姥』

大鼓浴衣会

 すでに日にちは経ってしまいましたが…大鼓の師匠のお父上(以下、”大師匠”と書きます)の社中で行われた内輪の浴衣会に、ゲスト的に参加させていただきました。会場は観光ホテルの別館ですが、なんと「元公爵別邸」!

 細かく由来を調べてみると「公爵別邸」というのは、とある公爵が特に好んで、お妾さん同伴でたびたび訪れたことによる「通称」なんだそうですが、元首相・貴族・財界人などが使った高貴な場所のようです。

 ホテルの文章を引用すると「建物全体の作りは桃山時代を彷彿とさせる総数寄屋普請で、茶室の階を含めると三階建てになります。建物の土台は、地形をうまく生かした清水の舞台づくりのような木組みで、釘やくさびがいっさい使われていません」

 土砂降りの雨の中でしたが、それでも大阪平野を見下ろせる景観は絶品。晴れていたらもっと素晴らしかっただろうなぁ…と思いつつ、私のような根っからの庶民にはちょっと気後れする会場でした(笑)

 打たせていただいた曲は『山姥』のサシ~クセ~立廻~キリ。「山姥」というと普通、鬼婆のイメージですが、能の『山姥』は一味違います。「一念化生の鬼女」であることは確かなんですが、ただ恐ろしい存在であるというよりは、山や自然そのものの存在の大きさを表現した役といった感じがあります。

 「そもそも山姥は。生所も知らず宿もなし。ただ雲水を頼りにて到らぬ山の奥もなし」とか、「邪正一如と見る時は。色即是空そのままに。仏法あれば世法あり。煩悩あれば菩提あり。仏あれば衆生あり衆生あれば山姥もあり」といった謡があって、禅宗の影響なんでしょうが、自己を相対化させて存在を自問するかのような、哲学的な世界が広がっています。

 「山廻り」というのがキーワードですが、私としては『山姥』は「円を廻る」というイメージなんですよね。「邪正一如」は邪も正も一の如し、ということですから、もとは同一のものだということで、邪と正の廻りがある。ほぼ同じ意味で「善悪不二」善と悪は二つならず、という言葉も出てきます。「色即是空」も色、すなわち是れ空なりということですが、対語として「空即是色」があって廻っている。

 私が打った部分にありませんが、山姥の曲舞の直前に「よし足引の山姥が。山廻りするぞ。苦しき」と始まって、曲舞の最後もやはり「よし足引の…苦しき」と終わる。これも廻ってますよね。「よしあしびき」には「善しと悪しを引きずっている」という意味も隠れている気もしますので、善性と悪性を併せ持つ山姥の性格を示しているのでしょうか。

 そしてキリでも四季の折々のことが謡われて、これも廻っている。そして「廻り廻りて。輪廻を離れぬ。妄執の雲の。塵積もって。山姥となれる。鬼女が有様」と結ばれる。廻るというのは、仏教的な輪廻からの発想なのでしょうが…面白いですね~。作者は世阿弥だそうで、やはり天才だと思います。

 しかし、休日にはなかなか休みが取れない仕事をしているので、始めから「無理な場合はいつでも欠番に」という話で、一応出るという話にしていただいていたのです。私自身、どうせ出れないのだろうな~と諦めていて、直前のお稽古でも違う曲『熊坂』をお稽古していただいていたところ。

 直前になって上司から「あ、前言ってた休みの話やけどな。ええよ」と言われ、慌てて『山姥』の手附(鼓の譜)を取り出して、練習したのでした(^^;) 理解のある上司で嬉しいんですが、大変でした(笑)

 当日は緊張のあまり、大鼓を前にしてもきちんと持てない(笑) 「何してんねん。ここを持つんや」と師匠に苦笑されながら舞台へ。相手の小鼓は幸流。「お、ここでこう打つか!?」と、お稽古で慣れきった大倉流小鼓との違いに戸惑いながら、気を張りっ放しで打ちました。

 ともかくも手はノーミス、間違えずに打ち終えることができました。舞台に出る以上の最低レベルはクリアできたかと思います。大師匠からは「大したもんや」と言っていただけましたが、師匠は「肩に力が入りすぎやねん。ガチガチの状態では、力強い大鼓は打てへんで」と仰ってました。

 長くて緩急もあり、それなりに難しい曲でも、間違えずに打つことができたのは一つの成果だと思います。あとは、自分が緊張しぃなのはよく分かっていることなのですから、少しでも余裕を持つためにできることを模索するのが次の課題でしょうね。

 昼食は立派なお弁当、夕飯は中居さんがお膳を運んで持ってくる豪華な食事で、優雅な一日を堪能させていただきました。しかし、大師匠のお弟子さんたちはお稽古歴○十年の方ばかりで(しかも大鼓以外に、謡も笛も小鼓も太鼓も…という方も)、自分の素人としてのヒヨッ子具合を改めて感じた一日でもありました。

 ともかくも私にとって大鼓の理想のひとつでもある大師匠とも少しお話する時間も持てて、じゃあと大師匠からサイン入りの大鼓皮(使用済み)もいただけた楽しい一日でした。

 ただ仕事疲れか他の方の演奏を聞いていると、コクリコクリと舟を漕いでしまう…。目の前で寝るのは失礼かと思い、ホテルのロビーまで避難して新聞を読んでいたら、スーッと意識が遠くなって気付けば時計の針が一周半していたという…(^^;) うわ~。

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柏木ゆげひ

大学の部活動で能&狂言に出会ってから虜→現在は会社員しながら能楽研究の勉強中。元が歴史ファンのため、能楽史が特に好物です。3ヶ月に1回「能のことばを読んでみる会」開催中。能楽以外では日本史、古典文学などを好みます。

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3件のフィードバック

  1. ももたろ より:

    大鼓、お疲れさまでございました。
    とても素敵な建物ですね。
    色即是空、空即是色…
    すべて嬉しいこと楽しいことならそれは「当たり前」であり同時に嬉しいことでもなんでもなくなりますが、苦しいこと悲しいことがあるからこそ、嬉しいことが分かる。
    世の中相対的にできているのだなと実感させられます。
    私の話で恐縮ですが、今年の新年会(素人の発表会)で当日いきなり初見で謡いなさいとのお達しで、半泣きになりながら間違えまくりのひどい謡を披露してしまったことが…
    度胸だけは認めて下さいましたが(^^;)思い出すだけで冷や汗がでる思いです。
    緊張しながらもノーミスとは、すごいです。

  2. amizあみ より:

    緊張と興奮 それに睡魔
    大師匠さまとも・・
    一日いっぱいに贅沢な時間を過ごされたんですね(^^)
    お疲れさまでございましたm(__)m

  3. ★ももたろさん
    とっても素敵な建物だっただけに、入って良いのかな?
    どこへ入ったらええんやろ、と戸惑いっぱなしでした(笑)
    相対的に物を見るってのは、禅宗の特徴なんでしょうが
    とても面白くて大切な物の見方だと思います。
    しかし、新年会で当日いきなり初見で謡ですか!?
    それは大変でしたね。
    私は、出られることが直前に分かったというだけで、
    お稽古自体は前に終えていた曲でしたから…。
    ノーミスというのは、打つ場所の間違いなどは
    なかったというだけです。
    そこからが能の面白さだと思うんですけれど、
    ただただ必死で…なかなかそこまでは難しい。
    ★amizあみさん
    緊張があって、弛緩があって。
    大好きな浴衣・袴を着て過ごせたのも良かったですが。
    贅沢な一日でした。お金もかかりましたけれど(笑)