佐保山

佐保山南陵
久しぶりに能ゆかりの土地めぐり。今回は奈良へ行ってきました。今回の目的地は近鉄奈良駅から北へ進み、奈良女子大学を越えた向こうにある佐保山。金春流にのみに伝わる曲『佐保山』の舞台です。

能『佐保山』(金春流のみ) 初番目物・太鼓入
 藤原俊家(ワキ)は氏神の春日大社に詣でる。すると佐保山の上に白いものが見えるので、佐保山に登ると、そこには里の女たち(シテ・ツレ)が衣をさらしていた。俊家が衣をさらす理由を尋ねると、『古今和歌集』に「裁ち縫わぬ衣着し人もなきものを。なに山姫の布さらすらむ」と詠まれたのはこの衣だと答え、春を司る女神・佐保山姫のもたらす霞もこの衣のことであり、日陰も春日明神の慈悲万行の神徳だと語り、月の夜遊を見せようと姿を消す(中入)。
 その夜、一行が木陰に仮寝する夢に佐保姫(後シテ)が姿を現し、舞(真之序之舞)を舞うのであった。

珍しい曲なので、あらすじを書いてみました。私は番組ですら名前を見たことがありませんが(笑) あらすじだけを読むと、女神物の能の単純なもの、という感じがしますが、『能・狂言事典』の味方健先生の文章に

 金春禅竹は『歌舞髄脳記』に「寵深花風」の「にほひある姿」としてあげ、金春禅鳳は『毛端私珍抄』に「天女の舞」は舞の本義として、本曲を例にとり、くわしい古態の「天女の舞」の型付をしるす。

とあることに、興味が惹かれます。金春禅竹(1405-1470?)や禅鳳(1454-?)は室町時代の金春座の大夫。特に禅竹は世阿弥の娘婿にあたる人物です。

「天女の舞」というのは、世阿弥のさらに先輩にあたる近江猿楽の能役者・犬王(道阿弥)が舞って人気を博していた舞だそうで、それを世阿弥が大和猿楽に取り入れたものなんだそうです。最近、観世流で復曲された『箱崎』は、その「天女の舞」が舞われることが目玉の一つだったのですが…。

能『佐保山』は、金春座の天女の舞のための演目だったのかな~と思ったわけです。(もちろん詳しく調べたわけではなく、単に想像なんですが) 『佐保山』の作者は金春禅竹だとも言われてます。舅の世阿弥が『箱崎』を作り演じたを知って、同じ能役者・能作者として対抗意識のようなものがあったのかもしれません。舅と娘婿とはいえ、別々の座の役者だったわけですから。

関連して、大倉源次郎師のブログ「刻々是好刻」2006年7月23日に少し興味深い記事があったので紹介しておきますね。

本日は奈良新聞主催『都への招待』で能「佐保山」。
佐保山は奈良の都に程近い山で、そこを源とする佐保川がやはり奈良市内を流れます。
この能には真之神之序の舞という小書きが有ります。
舞いの掛かりに太鼓の頭(イヤー天という強い声と太鼓の音)を12回繰り返します。
小鼓は翁舞と同じ一つ頭(ひとつがしら)という手組みをうち続けます。
9回目の処に換えの手を打ち、陽の極を表します。
少し不思議な小書き(特殊演出)ですが、大和猿楽に近江猿楽の舞が輸入されたとされる原型のような演奏法です。


奈良市という町は県庁所在地ですが、のどかな感じが大好きです。同じように古都と呼ばれても、現代の都市と化してしまった京都はせわしない。それに対して、奈良は駅から7~8分も歩けば、完全な町屋通りに出たりして。その風景が良いのです。

また佐保という土地は、古代史ファンには楽しくなってしまう場所であります。まずは『古事記』の伝説に登場する沙本毘古(サホヒコ)・沙本毘売(サホヒメ)の兄妹。夫である垂仁天皇と、謀反を起こした兄の沙本毘古との間で板ばさみになる沙本毘売の話は、『古事記』の中でも特に印象深い話ですが、佐保は彼ら兄妹ゆかりの土地です。

能『佐保山』の後シテが「佐保姫」というからには『古事記』の沙本毘売と何か関連が?とも思いましたが…これは残念ながら、あまり関係がないようです。奈良の西にある龍田山の龍田姫が秋の女神とされるのに対して、東側にある佐保山の佐保姫は春の女神なのだ、ということ。山自体の神格として女神の名前のようです。

話が横に逸れましたが、古代史と佐保の話に戻しますと、佐保のあたりは奈良の都の北東にあたり、当時の貴族たちの邸宅や別宅があった高級住宅地だったそうです。左大臣・長屋王が詩宴をたびたび開いたとされる別荘「佐保楼」が有名ですね。

奈良時代を代表する天皇・聖武天皇の墓もこの佐保にあります。佐保山南陵です。その隣が后の光明皇后を葬る佐保山東陵。佐保山に具体的な佐保姫を祭った神社などがあるわけではないようなので、トップの写真は聖武陵のものです(笑)

奈良女子大学のすぐ近くには、奈良金春能楽堂(現在は公演では使用されてませんが…)もあります。佐保、古代から能までのロマンが味わえる素敵な場所でした。古代史ファンと能楽ファンを兼ねる私には、たまりませんね。

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柏木ゆげひ

大学の部活動で能&狂言に出会ってから虜→現在は会社員しながら能楽研究の勉強中。元が歴史ファンのため、能楽史が特に好物です。3ヶ月に1回「能のことばを読んでみる会」開催中。能楽以外では日本史、古典文学などを好みます。

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2件のフィードバック

  1. Brenda より:

    今晩は、そしてお久しぶりです。奈良と能は深い関係があったとは知っていたが、こんな話は初耳でした。やはり古代文芸は素敵です。私も奈良がとても好きです。今度行ったら是非能楽堂も見たいと思いました。それと、最近はサイトに載せてあるお勧めの本をいくつか買ったのですが、不注意で昔の住所に送られてしまってパニックが起こったのです(笑)。能のお稽古も四回目が終わって、謡はどうやら順調に進んでいるみたいだが、仕舞が難しく、特に扇の使い方が今ひとつ要領掴んでいない状態です(笑)。でも本当に楽しいです。仏像彫刻はとにかくマイペースで続けています。また近いうちにサイトを拝見しますね。

  2. ★Brendaさん
    こんにちは。コメントありがとうございます。
    『佐保山』はちょっとマニアックですけれど、
    奈良は能と深いかかわりのある土地です。
    ほかにも『采女』『春日龍神』『大仏供養』『野守』など。
    http://funabenkei.daa.jp/shiseki/todaiji.html
    http://funabenkei.daa.jp/shiseki/tobuhino.html
    また今の観世・金春・金剛・宝生の各流派は、元々奈良興福寺と
    春日大社の神事に参勤していた大和猿楽の座をルーツとして持っています。
    今でも興福寺の薪御能には、四流の能が演じられるんですよ。
    興福寺の境内には「薪能金春流発祥の地」という碑もあります。
    http://funabenkei.daa.jp/shiseki/takiginoh.html
    仕舞の型は独特で慣れるまで大変ですよね(^^)
    お稽古がんばってください。