弁慶と富樫の対立と緊張

梅若猶義能の会

 今年は大河ドラマで義経をやっている影響か、義経に関係する曲を演じる能の会が多いです。なかでも『船弁慶』と『安宅』は元々能の人気曲でもあるので、これでもかと演じられています。その極みのような会が、この「梅若猶義能の会」。副題が「義経と周囲の人々」とあり、仕舞・独吟・狂言間語・舞囃子・能まで全て源平合戦ものだけで揃えられていました。

梅若猶義能の会 義経と周囲の人々
◆11月27日(日)14時~ 於・大阪能楽会館

★大蔵流間語『那須』善竹忠一郎

★観世流舞囃子『橋弁慶』
 シテ(武蔵坊弁慶)=梅若吉之丞
 子方(牛若丸)=梅若雄一郎
 地頭=梅若修一
 笛=斉藤敦 小鼓=清水晧祐 大鼓=谷口有辞

★観世流能『安宅-勧進帳・瀧流』
 シテ(武蔵坊弁慶)=梅若猶義
 子方(源義経)=梅若尭之
 ツレ(義経の郎等)=片山伸吾・大西礼久・長山耕三・井戸良祐・梅若雅一・藤谷音彌・寺澤幸祐・吉井基晴・山本章弘
 ワキ(富樫某)=宝生欣也
 オモアイ(強力)=善竹隆司
 アドアイ(太刀持)=善竹隆平
 地頭=梅若吉之丞
 笛=赤井啓三 小鼓=成田達志 大鼓=山本孝

 上の演目には書きませんでしたけれど、最初は梅若猶義師のご長男・秀成くん(3歳)の可愛らしい仕舞『七騎落』。初舞台。3歳って…舞う以前に、まだ歩き出してからそんなに経ってない気もしますが、しっかり拍子踏むし、ちゃんと「仕舞」してるんですよね~。

 袴から手足が生えているような小さいお子さんで、扇が一人では開けず、地謡に座られた猶義師が後ろから手を貸してあげるのも微笑ましい。終わった後は恥かしいのか、スタスタとすぐに切戸から出ていきました。休憩時間にはロビーに現れ、おばさまやお姉さま方にモテモテ(笑)

 あと光っていたのは大西智久師の仕舞『景清』。盲目の乞食に落ちぶれた、かつての平家の侍・悪七兵衛景清が、屋島の合戦での三保谷四郎と錣引きの勝負をしたことを仕方話で聞かせる箇所の舞ですが、あまり動かない舞だからこそ、内なる力強さが満ちているように感じました。大西智久師は前に見た『姨捨』といい、最近マイブームな能楽師です。

★観世流能『安宅』

 あらすじは前に『安宅』を見た姫路城薪能のときを参照してください。さて、姫路城薪能の時に「今度『安宅』を見るときには能楽堂でこそ楽しみたいものと思」ったと書いたことの実現となりました。野外では拡散してしまった気迫を存分に味わえました。

 最初にワキとアドアイが登場して、安宅の新関のことについてお触れが終わると、大小鼓が囃すのに乗って、子方・シテ・ツレ9人・オモアイ、計12人が登場。舞台上にズラリと並んで、「旅の衣は篠懸の。露けき袖や萎るらん」と謡います。地謡よりも人数の多いシテ・ツレ連吟。もうこれだけで大迫力です。

 全員で数珠を揉む、勧進帳を読む、義経を金剛杖で打つ、そして全員で富樫に切りかからんと太刀に手をかける…。息もつかせない展開が続きます。ただ、残念だったのがワキ正面に座っていましたので、勧進帳を読み上げているシテの姿がツレの方々に遮られて、よく見ることができなかったこと。やはり早めに来て正面側の席を確保できたら良かった…(汗)

 今回見て、改めて強く感じたのは、能の『安宅』は迫力で富樫を圧倒する話だということ。弁慶と富樫の間にある対立と緊張。これこそが能『安宅』の魅力だと思います。富樫が酒を持ってきた時にしても、「人の情けの盃に。受けて心を取らんとや。これに就きてもなほなほ人に。心なくれそ呉織。怪しめらるな面々と。弁慶に諌められて」とあって、全く心を許してない様子が謡われます。

 特に「人に心なくれそ」 古語で「な~そ」は禁止を表す語法です。今回、「弁慶に諌められて」という箇所で、ツレたちが弁慶に密かに頷くような動きがありましたが、弁慶の諌めに対して「承知」という合図だったのではないのかな、と勝手に思っています。

 そして舞が終わってキリ。「疾く疾く立てや」と弁慶が幕をさすと、ツレたちがダダダッと幕に走り込んで行く。「笈をおっ取り。肩に打ち掛け」で笈を背負ったオモアイも走り込み、最後にシテ一人が「虎の尾を踏み、毒蛇の口を遁れたる心地」で、陸奥の国へと向かうのでした。

 本当に迫力のある良い曲でした。橋掛りの演技のときには目が合ったんじゃないか、と思うぐらい間近く拝見できましたが、シテ梅若猶義師の気迫に満ちたお顔と、そこに流れる汗の量は凄まじいばかり。『安宅』の披き(初演)、お疲れ様です。

 それから、やっぱり山本孝先生の大鼓は最高です。来年には70歳になられるのですが、打ち込みとコミの強さは素晴らしくたまりません。あの大鼓の100分の1でも再現できたら、さぞ気持ち良いんだろうなぁ、と大鼓を習う身としては溜息が出るばかりです。

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柏木ゆげひ

大学の部活動で能&狂言に出会ってから虜→現在は会社員しながら能楽研究の勉強中。元が歴史ファンのため、能楽史が特に好物です。3ヶ月に1回「能のことばを読んでみる会」開催中。能楽以外では日本史、古典文学などを好みます。

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2件のフィードバック

  1. dream-man より:

    「梅若猶義能の会」は良かったですね。
    源平物の演目ばかりを揃えた公演は珍しいですし、ちょうどその日の夜に大河ドラマ義経も「安宅の関」放送だったでしょう。すごい偶然です。
    管理人さんが書かれているように「対立と緊張」これこそが能『安宅』の魅力だと僕も思います。舞台が始めってから終わるまで、観ているこちら側もその緊張感に飲まれます。
    僕は、赤松禎英の「安宅」初演と梅若猶義さんの「安宅」初演を続けて拝見させて頂きましたが、お二方とも気迫に満ちた弁慶でした。

  2. dream-manさん、コメントありがとうございます。
    ちょうどその日の大河ドラマも「安宅の関」だったのですか。
    私は普段からテレビを見ないもので…完全に疎くなってます(笑)
    『安宅』の観ているこちら側も飲まれる緊張感。たまりませんよね。
    関西で売り出し中のお二方の『安宅』披きを連続で見られるなんて
    ステキですね~。私も『安宅』自体は今年は二度目です(^^)