亮之会―斉藤敦師の《翁》披キ(初演)と《三輪-白式神神楽》

初めてみた《翁》付脇能に興奮

先月末28日には「亮之会」を拝見しました。笛方森田流・野口亮師主催の会です。今回の目玉は亮師の後輩・斉藤敦師の《翁》披キ(初演)、および亮師の《三輪-白紙神神楽》。斉藤敦師は私は個人的に思い入れがいろいろありまして、3月ごろに番組を初めて見てすぐにチケットを申しこみました。その甲斐があって正面席。私は普段、席にこだわらないので珍しいです。普通に「コレ見たいなぁ」という気持ちだけならば、2階席で済ましたでしょう。

最初は《翁》。演者たちが出てくる少し前から、幕内でカチカチと火打石を打つ音が聞え、面箱・大夫以下ずらりと並ぶ「翁渡り」。誰もが動かない中を、ただ一人翁大夫だけが動いて正面に拝をする。…こういう時の、ピンと張り詰めた空気が気持ち良いですね。

翁大夫が着座した後、一斉に囃子・後見・地謡が定位置について最初に笛が力強く吹き出すのもまた素敵です。《翁》にはあらすじはありませんが、能の芸の核となる部分は、こういうところに現れるものではないかと感じます。翁大夫の赤松禎英師、三番三の善竹隆司師、大鼓の山本哲也師、そして披キの笛・斉藤敦師と好みの演者が揃っているのも嬉しいです。ちなみに赤松禎英師も《翁》は初演だったそうです。そんなことは微塵も感じさせない堂々たる大夫ぶりだったと思います。

三番三の舞が終わると、続いて《養老-水波之伝・彩色之伝》。本来、脇能は《翁》に続いて演じられるものだということですが、私が見るのは初めて。

《翁》には出番のないワキ方・福王和幸師、初登場。笛と小鼓の独奏が交代で行われる「音取置鼓」の囃子で静々と登場。常座まで出てくると、翁大夫のように正面に拝をします。その後、囃子に大鼓が参加して、テンポが変化し、そのまま勢いの良い「真之次第」へと繋がります。翁付脇能ならではの習いだそうです。

あとで聞いた話ですが、関西では以前、音取置鼓は神前または天皇の御前以外では勤めなかったとか。しかし東京では翁付脇能ならばしばしば行われるとのこと。特に今回は笛方主催の会ですし、独奏の見せどころのある「音取」は外せなかったのかもしれません。もっとも関西では《翁》単独ならともかく、脇能付の《翁》は京都観世会例会の初会ぐらいで、めったに行われないこともあって、伝承のためにも時々つとめる必要もあるのかもしれませんね。

今回はシテ(翁大夫と能のシテ)は交代しましたが、囃子・地謡・後見は続投。特に囃子は大変そうです。脇能は「真之次第」「真之一声」など、テンポが良かったり、逆に位がしっかりとした(要するに体力が必要な)囃子が多いので。

特に「水波之伝」では神と云ひ、仏と云ひ、ただこれ水波の隔てにて(神も仏も、水と波との関係のように形だけの違いで、もとは同じものであるの意。神仏習合による考え方)という謡を具体的に表現して、間狂言を省略し代わりに天女姿の観音菩薩が登場する演出。つまり囃子方の休む暇がなくなります…。しかもシテの神舞も、よりテンポの早い舞にもなります。まさに囃子方殺しの演目ですね。


更に今日はプラス「彩色之伝」。神舞の後にゆったりとしたイロエが入るものでしたが…囃子方の大変さもプラスアルファです。全体的に緩急の激しい演出でした。

初めて見る脇狂言《牛馬》

能《養老》が終わると、続いて狂言《牛馬》。後見の善竹隆司師が普段の紋付袴ではなくて、素襖に侍烏帽子姿で後見座に座ってらっしゃいました。《翁》→脇能に続いての脇狂言だからですね。囃子方は脇狂言までつとめるとも聞きましたが、《牛馬》は囃子の入らない狂言なので囃子方も帰ってしまいます。

同時にここで外に出てしまう客も多数。正直、《翁》+《養老》で3時間少し、見る方も大変でした。でも、ここまで見たなら脇狂言まで見たらいいのに、とも思う私は狭量なのでしょうか

《牛馬》は初めて見る狂言で、市場で牛商人と馬商人がそれぞれ言い争う中に、めでたい文句を語り合うのが祝言なのかなと感じました。杖の先に黒垂・白垂と布をつけて、それぞれ牛・馬と手綱に見たてるのは、とても狂言らしいです。

馬商人が馬頭観音や『平家物語』宇治川合戦の先陣争いに登場する生食(いけづき)・摺墨(するすみ)という名馬の話、宮中での白馬節会のことを話すのを聞いてなるほどと思う一方で、牛商人は何を言うんだろうとちょっと心配になりましたが、きちんと牽牛(七夕の彦星)や天神(菅原道真)の使いとしての牛の話などが出てきて、そんな話もあったなぁと感心してしまいました。

最後の牛と馬で駒比べ(競走)では、《千鳥》の終曲部のように、杖に跨ります。当たり前ながら、牛が馬に勝てるはずもありませんが(牛の顔の前に赤い布を垂らしたら、少しは早いかなと思ったのはヒミツ・笑)、牛商人が悔し紛れに言った「遅牛も淀、早牛も淀」という言葉は中世のことわざでしょうか。ちょっと調べてみたい言葉です。

神々しかった「白式神神楽」

最後は能《三輪-白式神神楽》。元は京都片山家の特殊演出だそうで、作られた際のエピソードもなかなか興味深いものがありますが(片山家能楽・京舞保存財団サイト参照)、後シテが神の憑依した巫女から女神自身へ変わって、印象が随分違ったものとなりました。「神神楽」の名前は神自身が神楽を舞うからなんでしょうね。

特に変化するのは後場で、常で神楽が舞われるちはやふるの謡の後にはイロエ。舞台を一周して大小前から正面に進み出て膝をつき、榊をいただいて一振、もう一振。そして天の岩戸を引き立てて。神は跡なく入り給えばで、両袖をかぶって隠れる様子を見せます。そして常闇の夜と。はやなりぬの場面では囃子が静寂。

その中で八百万の神たち。岩戸の前にてこれを嘆きと謡われ、そして神楽を奏して。舞ひ給へばと繋がる直前に神楽へ入る。まさに常闇の中で、神楽の興りが語られるといった風情の、ゆったりとしたノリはで神代の昔を連想させるものでした。常の《三輪》や《巻絹》のような憑き物の神楽との違いというのが、自然と心に伝わってくるような。

神楽が進み、ノってきたところで流シの手。気持ちは「待ってました!」(笑) そこでシテも橋掛りに出て行きますが、幕の前まで来ると、袖を頭の上にかけて扇を顔の前に持ってくる、あの《翁》特有の型! 神秘さが更に増すように感じました。神楽の最後にはシテは塚の中に入り、神楽後の天照大神その時岩戸を。少し開き給へばの謡で塚の中から雲之扇。気分は少し《絵馬》に入っているなぁと感じました。

なんだか演出を追っかけているだけの記述になってしまいましたが、これらの型や演出のひとつひとつが、とても良い効果を上げていて。大槻文蔵師は今ノリにノっている能役者だというのは以前からの感想でしたが、改めて感じました。最後の地謡醒むるや名残なるらんが、まさに私の感想。この舞台が終わって夢から醒めてしまうのが、残念なほどでした。

亮之会 五周年記念

◆2006年10月28日(土)13時~ 於・大阪能楽会館(大阪市北区)
★観世流《翁》
 翁:赤松禎英 三番三:善竹隆司 千歳:水田雄吾 面箱:善竹忠亮
★観世流能《養老-水波之伝・彩色之伝》
 前シテ(老翁)/後シテ(山神)=井戸和男
 前ツレ(樵夫)=井戸良祐
 後ツレ(観音菩薩)=梅若善久
 ワキ(勅使)=福王和幸
 ワキツレ(従者)=福王知登・喜多雅人
 笛=斉藤敦 小鼓=清水晧祐・荒木建作・上田敦史
 大鼓=山本哲也 太鼓=上田悟
 地頭=梅若吉之丞
★大蔵流狂言《牛馬》
 シテ(牛商人)=善竹忠一郎 アド(馬商人)=善竹隆平 アド(目代)=善竹忠亮
★一管一調《班女》
 謡=梅若吉之丞・梅若猶義 笛=野口傳之輔 小鼓=久田舜一郎
★観世流能《三輪-白式神神楽》
 前シテ(里女)/後シテ(女神)=大槻文蔵
 ワキ(玄賓僧都)=福王茂十郎
 アイ(三輪の里人)=善竹忠重
 笛=野口亮 小鼓=荒木賀光 大鼓=山本孝 太鼓=三島元太郎
 地頭=上田拓司

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柏木ゆげひ

大学の部活動で能&狂言に出会ってから虜→現在は会社員しながら能楽研究の勉強中。元が歴史ファンのため、能楽史が特に好物です。3ヶ月に1回「能のことばを読んでみる会」開催中。能楽以外では日本史、古典文学などを好みます。

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