マラソン狂言会 5/6夜

昨日のマラソン狂言会の帰りに「明日の前売り券も販売しております」とアナウンスが入ったのを聞いて、つい買ってしまったもの。昨日の『千鳥』と『首引』がかなり面白かったので。

しかし、『文山立』も『宗論』も謡が重要な役割を果たす狂言で。こういう曲だと茂山千五郎家の弱さが見せられた気がしました。昨日のような、いかにも賑やかな狂言は良いのですけどね。うーむ。

★大蔵流狂言『文山立』

 旅人を追ってきた山賊2人が、言葉の意味を違えたことから口論、ついには果し合いにまでなってしまいます。しかし、誰にも知られずに死ぬのは残念だと、書置きをすることに。2人は離れて座り、相談しながら文章を書き始めます。書き上げた後、その文章を読み上げるうちに、女房や子どものことが思われてたまらなくなり、結局は仲直りをして帰るのでした。

和泉流では『文山賊』と書く狂言。片方の山賊が弓矢、もう片方が矛を持って「やるまいぞ、やるまいぞ」「やれ、やれ」と登場。そして舞台を一周すると「南無三。見失うた」 これって3日に見た『国栖』の間狂言と同じ形式ですね(^^)

しかし、その次の展開が違って、言葉の「やれ」についての問答になります。片や「やれ捕まえい」の略だと言うが、もう片方が「遣れ(逃せ)」の意味として聞いたと言うのです。日本語って難しい(笑)

果し合いになっても「イバラが痛そうじゃ」「崖で危ない」といって安全な真ん中へ移動。言葉のあやで果し合いになったものの、本気で死ぬのは嫌なんでしょうね。でも相手がいる手前、やめることもできない。組み合って「男二人が組み合うて、実に勇ましいことではないか」「誰か通らぬものか」「見せたいものじゃ」

そんなわけで書置きを書くことになるのですが、それを2人で読む箇所から謡。「書き留めたる水草の。跡に留まる女房や。娘子どものほえんこと。思いやられて哀れなり」そして泣く。謡を通して、異常な精神状態から普通に戻ったのですよね。

でも、ここが謡を聞かせることができず、客にはいきなり泣き出したように見えたのか、笑いを取ってました。笑うところでしょうか? こういうところを、しんみりと聞かせられないのは、やっぱり千五郎家の弱点だと思うのです。

真ん中でしんみりとするからこそ、「思えば無用の死なりと~」と始まる謡や、最後の「やい、のうのうおいやるか」「こうして死を避けたのだから、我らの寿命も長かろう」「五百八十年」「七回りまでも」とめでたく留めるのも、利いてくると思うんですが…。

★大蔵流狂言『宗論』

 身延山に参詣した本国寺の法華僧と、善光寺に参詣した黒谷の浄土僧が帰りに道づれになり、お互いに宗旨変えをせまります。宿に入って宗論(宗教問答)をしますが、お互いにでたらめな法文で相手を論破できません。一寝入りした後、競り合って読経をし、果ては踊念仏・踊題目で勝負をしている間に、間違って念仏と題目を取り違えてしまいます。そして法華も浄土も仏の教えには違いない、と悟って帰るのでした。

浄土僧は自分から相手に絡み始めますし、常に攻め側です。多少余裕があるようにも思えます。対する法華僧は一途で、浄土僧を迷惑に思いながらも、負けてはいられないといろいろ対抗します。

メインの法文合戦ですが、いまひとつ分かりづらかったですね。法華僧の語る「五十展転の随喜の功徳とも、またありがたければ涙とも説かれた法文」は、その随喜(ずいき)を芋茎(ずいき・サトイモの茎で食用)と取り違えて、その美味しさに涙が出るという話なんだというのは分かります。浄土僧には「料理話」と言われてましたが。

しかし、浄土僧の「一念弥陀仏即滅無量罪とも、またありがたければ菜とも説かれた法文」は良く分からない。食事がないときにも「一念弥陀仏即滅無量罪」と唱えると、いろいろな菜があると思って食べることができるという話のようですが…?

念仏と題目を取り違えた後、「げに今思い出だしたり。昔在霊山名法華。今在西方名阿弥陀。娑婆示現観世音。三世利益。同一体と。この文を聞くときは。法華も弥陀も隔てはあらじ。今より後は二人が名を。妙、阿弥陀仏とぞ申しける」と謡い舞いますが、どうも二人が揃わない。せっかくの悟りの箇所が残念です。

茂山七五三師とあきら師という、千五郎家の主力級役者がこうなんですから…時々、千五郎家に対して残念に思ってしまうのは、こういうところなんです。

「南無阿弥陀仏」と唱えながら相手に数珠をぶつける箇所、朝のおつとめでロクにお経が唱えられず、「ウニャムニュムニュアム…」「ダブダブダブダブ…」と誤魔化す箇所。そんな端っこの、くすぐりどころの演技で笑いをとっても仕方がないと思うのです。


最初にも書きましたけれど、『首引』のようなにぎやかな狂言は茂山千五郎家の得意とするところなんでしょうが、今日の『文山立』『宗論』といった謡などが重要な箇所を占める曲では、いまひとつ、もの足りない時があります。千五郎家を見る時には曲を選んだ方が良いのかな?

2005年5月6日(金)19時開演 於:大阪能楽会館
★大蔵流狂言『文山立』
 シテ(山賊)=茂山茂
 アド(山賊)=茂山正邦
★大蔵流狂言『宗論』
 シテ(浄土僧)=茂山七五三
 アド(法華僧)=茂山あきら
 アド(宿屋)=佐々木千吉

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柏木ゆげひ

大学の部活動で能&狂言に出会ってから虜→現在は会社員しながら能楽研究の勉強中。元が歴史ファンのため、能楽史が特に好物です。3ヶ月に1回「能のことばを読んでみる会」開催中。能楽以外では日本史、古典文学などを好みます。

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8件のフィードバック

  1. とと より:

    私は6日昼の部、「右近左近」「鎌腹」を見てきましたが、やはりその日の夜の部のチケットを買ってしまいたくなるぐらい、よかったですよ。いい舞台でした。
    で、当日夜のチケットは思い止まったものの、TOPPA最終公演は予約してしまいました。

  2. こんにちは、ととさん。
    コメントありがとうございます。
    『右近左近』は狂言ではちょっと異質な皮肉の強い狂言ですよね。だからこそ、気にはなっていたのですが、平日昼間に行くことはできず、残念です。『鎌腹』もきちんと見たことがないので。
    TOPPA!の最終公演は私も予約しました。

  3. hijiri より:

    こんにちわ。
    私は狂言初心者ですが、先日のマラソン狂言を通しで拝見しました。
    初心者のせいか割と笑えればオッケーというスタンスなので、全体的に満足度は高かったんですけど、やっぱり私は点が甘いのかもしれません。(笑)
    色々な視点があるものですね。とても勉強になりました。
    最初一週間通しというのはどうかなとも思いましたが、個人的には、いい試みだったと思いますし、通しで見て良かったと思っています。
    どうも私のblogからはうまくトラックバックできなかったので、今更なコメントで失礼します。
    http://hijiriinfo.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/theaterreview/review.cgi

  4. はじめまして、hijiriさん。
    せっかく書いていただいたURLからはアクセスできませんでしたので、
    ブログからサイトへ飛んで、感想拝読させていただきました。
    基本的に、私はカタい狂言が好きなんです。
    関西善竹家(大蔵流)の狂言が最も好みで。
    実際にはほとんど見たことはないですが、著書を読む限り、
    山本東次郎師(大蔵流)の狂言に対する姿勢も好きで。
    茂山千五郎家となると、ちょっと柔らか過ぎると思うことも
    あって、少し辛めな感想を抱くことが多いです。
    でも、千五郎家はそんな感想書いても大丈夫な実力もあると
    信じているから、ってのもあるんですよね。
    それに千五郎家も好きなんですよ。でなければ、見に行きませんもの(笑)
    というわけで、見方の違いだと思います。
    hijiriさんの感想も、面白く拝読いたしました(^^)
    マラソン狂言会、一週間連続公演ってことで大変ですよね。
    期間中に、違う能の会でも千五郎家の役者が出演されてましたし。
    番組を見ると、夜の部に出演だったりして…大変だったでしょうね。

  5. hijiri より:

    柏木さん、早速お返事ありがとうございます。
    なんだか恨みがましい書き方になっていたみたいで(笑)、お気遣いさせてしまってかえって申し訳なかったです。すみません。
    またリンクがうまく飛べなかったようで、重ね重ねお恥ずかしいです。(どうも他サイトから直でcgiに飛ばすとはじかれてしまうようです)
    こちらに書かれた内容を読んで「笑えればいいと」いうだけではなく、もっと細やかな視点を持ちたいなと思ったのは本当なんです。確かに、よく考えると私は柔らかめが好きみたいですし、どちらかというと「来るぞ来るぞ・・・よし来た!」という吉本系みたいな笑い方がなじんでいるので(今は東京在住ですが、生まれ育ちは関西です)そういう好みや馴染みも大きな原因ではないかと思いますし、今の段階ではこれで十分と思っています。
    けれど、そういうファンの贔屓目だけでなく柏木さんのような細やかな視点で見たらもっと楽しめるでしょうし、そういうシビアな視点で判断する方が観る方、演じる方、双方にいい場合もあるのだろうな、と、そう思ったのです。
    また、今回は一週間という長い期間の中で、運営する側との一体感というか、毎日大変だろうな(笑)という想いが評価を甘くしていた部分はなきにしもあらずです。けれど、それもいい意味で身内感覚でのんびり観れた舞台だったのかなという気がしますし、そのあたりが通しで観た醍醐味とも言えるかな、と思います。
    とにかく同じ舞台を観た他の方の感想というのはとても興味深かったです。また覗かせて頂きますね。(^^)

  6. とと より:

    昔に書き込んだことを今更なんなんですが、
    「右近左近」を見るのは2度目で前も千五郎家だったんですけど、今回の方がよかったです。特に千之丞さんの右近が。(前は誰がやっていたのか忘れました、すいません)
    最近はさすがに、しょっちゅう千之丞さんをお見かけするということはなくなりましたが、いい役者さんだなあと改めて思いました。最後に自分で自分を笑うところなんかが、特に、この方らしい演技だなあ、と。

  7. ★hijiriさん
    お気にはなさらず(^^)
    いろいろな見方ができるようになれば、と思うのは私も同じです(^^) あと、見慣れても評論家きどりで、あまり偉そうな物言いにはなりたくない、とも思っています。
    通しで見てらっしゃると、一体感のようなものも出てきますよね。親しみやすさは茂山千五郎家の特徴ですし。
    またいらっしゃってください・
    ★ととさん
    『右近左近』は良かったのですか。私は善竹忠一郎師の右近で一度見ただけです。とても印象深かったので、また見てみたい狂言です。
    茂山千之丞師は良いですよね(^^) 夏の「納涼茂山狂言祭」にはリクエストができたので、千之丞師のシテでせっせと応募してました(笑)

  8. hijiri より:

    こんばんわ、ととさん。
    「狂言じゃ!狂言じゃ!」を読んで、思いっきり千之丞翁のファンに化しました。(笑)
    ある意味癖のある、癖のある役者さんだと思いますし、演技も視点も冷静なところがとても好きです。
    『右近左近』はストーリーとしては私は好みませんが、千之丞んの持ち味には非常にフィットしていたと思います。
    個人的には『縄綯』の太郎冠者の千之丞さんが、一番印象的でした。はまり役だと思います。
    オペラなどの演出などもされていますが、個人的には落語、またはパントマイム役者的な持ち味をお持ちの方だと思っています。