和泉流の《舟渡聟》

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大阪樟蔭女子大学主催の東西狂言会

14日は大阪樟蔭女子大学主催の東西狂言会に行きました。この会、野村萬師一門と野村万作師一門が毎年交代で出演なさるのですが、東京和泉流を代表する演者を無料で見ることができるので、可能な限り、毎年行ってます。今回のゲストは、今年人間国宝の指定を受けたばかりの万作師でした。

ただ…会前に行われる樟蔭の学長の挨拶や、木村正雄師の解説?がどうも好きになれないことが唯一の苦手な部分。樟蔭の学長は、伝統芸能を重視して教育に生かすと言っている割に、樟蔭の能楽部が現在、休部状態である現実とのギャップに不信感があって。

また木村師は、現代の狂言のあり方に一言持ってらっしゃる方なのは分かるのですが、このような初心者の方が多い場で話すには、あまりに毒の多いことをお話されるので。ゲストの野村家を除いた他家の狂言に攻撃的なのも、聞いていて気分の良い物ではありません。当たり障りない話よりは実があるのかも知れませんけれど…。

途中で所用があり、今回拝ることができたのは野村万作師の《舟渡聟》一番だけでした。茂山千作師が休演だったとはいえ、茂山千之丞師の《素袍落》は拝見したかったんですけれどね。残念です。

和泉流狂言《舟渡聟》

八橋の舅の家への「聟入り」に酒樽を持って、大津松本から渡し舟に乗った聟が、船頭に酒を無心され、湖の上の事とて仕方なく酒を飲ます。初めは匂いだけ、といっていたのが、やがて一杯二杯と進み、遂には樽の酒を全て飲まれてしまいます。
聟は仕方なく舅の家に行くが、この舅が船頭と同一人物で、聟の顔を見て慌てる。自慢の髭を剃って顔を隠して対面するが、結局、先ほどの船頭だと分かってしまうのでした。

「聟入り」というのは聟養子になることではなくて、中世に行われていた、結婚後、聟が初めて妻の実家に挨拶に行く儀式のことです。対面した聟と舅が初対面でござると挨拶することから、中世の時代には結婚前に彼女の親に会うというのは、あまりなかったのでしょうか?

大蔵流の船渡聟は何度も見たことがありますが、和泉流で拝見するのは初めて。後半がかなり違うらしいので、前々から見たいと思っていましたが、野村万作師という第一級の演者で見ることができて本当に良かったです。

聟が舅への土産として持って行く酒を船頭に飲まれてしまう、という部分は同じなのですが、大蔵流の場合は聟も船頭と一緒になって酒を飲み始め、舟の上で謡えや舞えの酒宴をし、その酔った勢いで空樽を持って舅宅まで行くものの、空なのがバレると面目をなくして逃げ去る、という筋。船頭と舅も別人です。

それに対して和泉流の聟は決して自分は酒を口にしませんし、船頭が飲むのをひたすら迷惑がっています。大蔵流の聟よりも常識的なんですね。でも、それだけに舞台上の人物としての面白みも少ない感じがします。大蔵流の、初めは迷惑そうなのに、一緒になって目的を忘れて楽しんでしまう聟のキャラクターが好きなので、ここは残念でした。

しかし、その分、万作師演じる舅は絶品。自分が仕事をしていると、客として良い身なりの、片手に酒を持った男がやってくる。

もし自分が仕事中に、自分より年下で、いかにも遊びの途中という感じの客がいると、良いなぁ、気楽だなぁと羨ましく感じますし、場合によっては腹が立ちます(おい) ちょっと酒ぐらい飲ませてもらっても当然じゃないか、と思うのも、そう不自然ではありません(?)

万作師の演技、その辺りがあまり嫌らしくないんですね。この若者に嫌がらせをしてやろう、という気持ちがないわけではないでしょうが、どちらかというと酒が本当に飲みたくてたまらない、という感じ。そして成功。まんまと酒を飲んでやります。

しかし、それがまさか自分への土産だったとは! 面目ないとはこのこと。全てがバレて、酒を飲んだことを謝る舅に対して、聟はいやいやそれは苦しからず。とにもかくにも舅殿に参らせんが為なりといいますが、舅としての立場がありませんよね。最後は聟と舅、扇を開いて二人で相舞をして終わるのは、和泉流らしい上品な結末でした。

細かい部分をいうと、小道具が違いました。大蔵流は葛桶で酒樽を表すのが、和泉流では具体的な樽と鯛を持って登場したこと。盃も大蔵流では葛桶の蓋を使うのを、和泉流では船頭が腰に差していた柄杓(船底に入った水を汲み出すために持っているらしい)を盃の代わりに使いました。和泉流のほうがより具体的な道具を使うんですね。

演者の面では大満足の舞台でした。台本・演出の面では、私は大蔵流のほうが好きかなぁ。道具などは、できるだけ専用の道具を使わずに、抽象的な方がより能楽らしいと思いますし。八橋や大津松本といった具体的な地名が登場するのも和泉流の場合で、大蔵流の場合は特に場所を限定しなかったと思います。

大阪樟蔭女子大学主催 東西狂言会
◆11月14日(水)18時~ 於・東大阪市民会館ホール(大阪府東大阪市)

★解説「和泉流と大蔵流と」木村正雄

★和泉流狂言『舟渡聟』
 シテ(船頭・舅)=野村万作 アド(聟)=高野和憲 アド(姑)=深田博治

★大蔵流狂言『素袍落』
 シテ(太郎冠者)=茂山千之丞 アド(伯父)=茂山千作(休演) アド(主人)=茂山千五郎

★大蔵流狂言『左近三郎』
 シテ(左近三郎)=茂山七五三 アド(出家)=木村正雄

※『素袍落』以後は拝見していないのですが、一応番組通り載せておきます。

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柏木ゆげひ

大学の部活動で能&狂言に出会ってから虜→現在は会社員しながら能楽研究の勉強中。元が歴史ファンのため、能楽史が特に好物です。3ヶ月に1回「能のことばを読んでみる会」開催中。能楽以外では日本史、古典文学などを好みます。

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