大槻能楽堂研究公演
◆2月5日(日)14時~ 於・大槻能楽堂
プロによる復曲能『巴園』の上演。素人の発表会のチラシが白黒だったのに対して、プロの方はカラーです。能楽WSの最後のプログラムだったんですが、普通なら料金に+500円となる座席指定まで付いているとは思ってもいませんでした。なんてお得なWSなんでしょう。そんなわけで見所の一角がWS参加者エリアでした。
最初に『巴園』の監修者である天野文雄教授による「巴園について」という話があったんですが、「巴」というのは現在の中国四川省・重慶市周辺の土地名だとのこと。帰宅後に調べてみると、現在の重慶には古代「巴」という国があったのが、紀元前316年に秦に亡ぼされて以後地域名となったそうです。
確かにワキの名乗リに「そもそもこれは漢の皇帝に仕へ奉る臣下なり…この国の傍らに巴園という処あり」とありますが、詞章を読んだ限り「巴園」というのは蓬莱宮や竜宮城といった「この世ならぬ場所」のことだと思っていたので、イメージが随分俗っぽく変わりましたね(笑)
ちなみに天野先生のお話は15分間の予定でしたが、全然終わりそうにありません。そのため話の途中で、能の開演合図にもなっているお調べ(楽器のチューニング)が始まります(笑) それでも天野先生、喋りのスピードをアップして最後まで話していかれました。…うーん、根性だ。
★復曲能『巴園』(作:観世小次郎信光 監修:天野文雄・大槻文蔵)
前シテ(園守の翁)/後シテ(園守の翁)=上田拓司
前ツレ(園守の姥)=武富康之
子方(橘実より現れた仙人)=赤松裕一・上田絢音
後ツレ(青龍)=上野雄三
ワキ(漢帝の勅使)=福王茂十郎
ワキツレ(勅使の従臣)=福王知登・喜多雅人
アイ(巴園の傍らに住む仙人)=善竹隆平
笛=藤田六郎兵衛 小鼓=大倉源次郎 大鼓=河村眞之介 太鼓=中田弘美
地頭=多久島利之
【あらすじ】
漢の国のかたわらのある巴園の橘の古木に、大きな実が生ったという。そこで、皇帝の命を受けた臣下が、巴園を訪れ、木守の老人夫婦にその橘の実のいわれを聞く。夫婦は臣下をその古木に案内し、巴園のめでたさを賛美する。やがて臣下が帰ろうとすると、橘の実の中からしばらく待つように童子の声があり、夫婦は酒宴を催すように勧めて、園の奥に入って行った。(中入)
そこへ仙人が現れて今までの経緯を語り舞って去ると、翁が甘酒を捧げて戻ってくる。そして持っていた竹杖で橘の実を打つと、実は二つに割れて、中から霊薬を持った二人の童子が現れる。童子と翁は共に舞を舞い、その不死の霊薬を皇帝に捧げる。さらに童子は、翁の持っていた竹杖を青龍に変じさせ、その青龍に乗って昇天するのであった。
ずっと稽古を受けてきた曲だけによく知っていますし、謡も何度も何度も繰り返し聞いている内に、いつの間にか節までほぼ覚えてしまっていたらしく、思わず地謡と一緒に謡いたくなるのを押さえながら見ていました。手元のパンフに詞章と現代語訳が載っていましたが、素人発表会の時には省略されていたサシ・クセ以外は全く見ませんでしたもの。
それだけ思い入れのある曲ですし、前に書いた通り、客観的に見るのは初めてですから、最近こんなにも集中して能を見たのは久しぶりだと思うほど堪能できました。また自分たちが必死になって懸命に舞台を勤めたからこそ、逆に能楽師の技術力や演技力がより分かりました。何もしていない立ち姿や座り姿からして違いますものね…そこが能の醍醐味ですけれど。
先生がたも稽古を繰り返す間により練られたものに工夫されているのは、WSの稽古の端々からも感じていましたが、素人発表会の時と比べて前シテ・前ツレの装束も唐風のものに変更されていましたし、後場で青龍が登場する直前、前は赤松裕一くんが杖を橋掛りに投げると青龍が登場となっていたのが、本番では祐一くんが杖を持つと、上田絢音ちゃんが手で印を結び、その間に裕一くんが橋掛りまで歩いて幕の中に杖を投げ込む、と変更されていました。杖が変じて青龍になるんですから幕に投げ込む方がより良いですよね。
「老人の持ちたる竹杖をおっ取り。袖に隠し。印を結び。虚空に投ぐると見えつるが。竹杖たちまち青龍と現じて。這ひ出でたるこそ。恐ろしけれ」
青龍は自分の演じた役だけに特に注視。「虚空に上がると見えしかば」と謡の位が青龍からシテに移る部分で、橋掛りで左袖を腕に巻き付けながら舞台にいるシテをぐっと見込む型が、ため息が出るぐらいカッコ良かったです。私もこの型をやりたかったなぁ、なんて我侭を言いたい気分。上野雄三師の実力だからこそ栄える型だってことは重々分かっていますけれど…。
WSで1度だけあったプロの練習の見学、その時もなんて軽やかで大きく、そしてカッコよく舞われるのだろうと思ったものでした。本来は2度目の見学の予定もあったのですが、稽古に変更されてしまいました。その頃には少しでもたくさん稽古を受けたかったので嬉しいなと思いましたが、やはりプロの練習の様子を見せていただいたら、いろいろ学ぶことがあったんじゃないかとも思います。
終演後にはアフタートーク。いろいろな話がありましたけれど、上田拓司師の「脇能ですから、皆が元気になれるような能になれば」という言葉。稽古中にも何度も繰り返してらっしゃった言葉だけに、印象深いです。私はだいぶ元気をいただきましたよ!
大槻先生がこの『巴園』の主題について、子方の仙人二人が楽しそうにいることなのだろう、と仰っていたのを聞いて、今まで主題がよく分からなかったのが、なるほどと思いました。中国には小さな仙人が瓢箪の中で酒を飲んだりして遊んだりしているという話があるそうで、それだと瓢箪が一つの別世界・理想郷となっているんですね。『巴園』も元ネタとされる『太平広記』に橘の実を開くと「相対象戯」向かい合って将棋をしていたとありますし、巴園や橘の実もまた同じような世界なのでしょうね。
これで能楽WSのプログラムが全て終わってしまいました。9月に始まった頃は長丁場だと思っていましたが、終わればすぐです。しかし、かけがえのない体験となったと思います。能に関する知識と実技とを併せて学びつつ、復曲という能を見直す作業を覗く…能のことだけではなく、後半には終了後にWS参加者で何度か飲みに行きながら、いろんなことを離しましたが、本当にいろいろな方がいらっしゃるから良い刺激を受けましたね。
さて、そろそろ終わったWSのことに浸るのは止めにして、そろそろ次のことに取りかからねば!
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お舞台、そしてWS終了、お疲れ様でした。
とても貴重な体験ですよね。
毎回レポを読ませていただいて、うらやましいことしきりでした。
>さて、そろそろ終わったWSのことに浸るのは止めにして、そろそろ次のことに取りかからねば!
なんと切り替えの早い!
それだけ密な時間を過ごして、満足ということでしょうか?
次は何をされるのか、御活躍を楽しみにしてます。
挿頭花さん、コメントありがとうございます。
自分でも本当に貴重な体験をさせていただいたな、と思っております。
>>なんと切り替えの早い!
>>それだけ密な時間を過ごして、満足ということでしょうか?
いや逆です(^^;)
いつまでもダラダラと浸り続けてしまいそうなので
自分にハッパかける意味で書いてみました。