なんて素敵にジャパネスク(4)不倫編

なんて素敵にジャパネスク(4)不倫編
氷室冴子『なんて素敵にジャパネスク(4)不倫編』集英社、1999年

『なんて素敵にジャパネスク』のシリーズは1巻から「続アンコール!」までは、全体としては繋がってはいますが、話としてはそれぞれの巻の中で完結していました。しかし、3巻《人妻編》から8巻《炎上編》までは、巻末で何らかの引きをわざと残す、ノンストップで一続きのストーリーのようです。私、完結しない話の感想を述べるのは苦手なんですけど(汗)、なにせ全体を読んでいると前の方の感想が薄れてしまいそうなので書きます。

 吉野で会った謎の男「峯男」の正体が高彬の乳兄弟・守弥であったことを知って驚く瑠璃姫。さらに煌姫からの衝撃の告白を受ける。かつて、守弥と手を組んで瑠璃姫と高彬の仲を引き裂くために高彬を誘惑したことがあるというのだ! 真相を問いただすべく、守弥を呼びつけるが、そこに小太刀を手にした高彬が乗り込んで来た。瑠璃姫が男と密会しているという投げ文があったらしい…。

この巻のメインは、何と言っても瑠璃姫の不倫を疑った高彬が、小太刀を持って駆け込んで来るシーン。たぶん《不倫編》という名前はここから付けられたのだと思いますが、その高彬の恐ろしさといったら。普段上品で大人しい高彬だからこそ。少々堅苦しいけれど一途な、高彬だからこそ。恐ろしい。

でも一方で高彬の「嫉妬に狂う男」というのが、とても実感できるのです。もう一気に頭に血が上ってしまって、居ても立ってもいられず、暴れ狂う。理屈を言えばそんなところですが、本人も苦しい状態です。うやむやでよく分からない方がかえって、イライラしてしまう。それを相手に爆発させたところで、何も解決しないどころか、状況は悪くなる可能性が高いにも関わらず、理性的な思考はどこかにぶっとんでしまいます。その人が好きなほど、裏返えった時は恐ろしいものです。高彬は「お勤め大事」な人ですが、その勤めより瑠璃姫のことを優先することは2巻で描かれている通りです。

そのシーンの間にも、また後にも瑠璃姫が高彬に何度も「あたしのいったこと、ぜんぜん信じないで」と言ってますが、残念ながら到底信じられるものではないと思います。デカルトの哲学ではないですが、疑いに疑いを重ねてそれでも疑えない状態になるまでは、どうしても疑ってしまうでしょう。あまり余裕を醸していると、気付いた時には他の男に取られている、なんてこともありますし。瑠璃姫の信じて欲しい気持ちも、それはそれで分かるのですけどね。

ところで、前巻では苦手だった煌姫ですが、この巻では「瑠璃姫は、あたくしがお嫌いね」というセリフを始めにカミングアウト。今までのどこか奥歯にものの挟まったような状態が嘘だったかのように、ポンボンと歯切れが良くなります。瑠璃姫のモノローグに「得体の知れないところがあった」「なにかフに落ちないものがあったのだ」でも「今夜の煌姫は、いままでとは明らかにちがう」とありますか、それは本当にそのまま、私の気持ちと同じでした。氷室冴子さん、うまいなあ~。

煌姫の瑠璃姫に対する敵意は剥き出しになるわけですが、不気味さがないからか、読んでいて小気味よくすらあります。まあ、瑠璃姫や高彬・守弥にとってはそんなこと言ってる場合ではない状況になりますが、そこは傍観者たる読者の勝手(^^;) 「瑠璃姫は、あたくしの座右の銘を、ご存じでして?」と言い放つ姿は、どこか威厳すらあるから不思議です。まあ、続く言葉が「うまい話には、ウラがある」「人を見たら、泥棒とおもえ」でひどくアンバランスですが。ここは、基本的にコメディであるゆえです。

カミングアウトした結果、利害が一致した煌姫と、何かと呼び付けられるようになった守弥、元から忠実な小萩。そして瑠璃姫の4人で帥の宮に罠をかける準備が整うところで、この巻は終わります。次が楽しみ。

ところで細かいところですが、最初の方で「お油を節約する必要もなくて、ほんとうに、それだけでも感謝しておりますのよ、瑠璃姫」という煌姫に対して「節約……?」「居候のお礼をいってるにしては、どっか、ピントがずれてんのよ」と対する瑠璃姫。平安時代の姫君にしては、非常に活動的な瑠璃姫ですが、さすがに貧乏の経験がないからか、想像力が及ばないのですね。

あと帥の宮が美男だと聞いて、瑠璃姫の中でおびき出すことの主目的がとっちめることがら、顔を見たいことに徐々にすり変わるあたりは分からないなぁ。面食いってそんなものかな、とも思いますけど、私は顔を覚えるのが苦手な方で、つまり私にとっての人の印象に顔の要素は弱いのです。分からないなぁ、これは(^^;)

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柏木ゆげひ

大学の部活動で能&狂言に出会ってから虜→現在は会社員しながら能楽研究の勉強中。元が歴史ファンのため、能楽史が特に好物です。3ヶ月に1回「能のことばを読んでみる会」開催中。能楽以外では日本史、古典文学などを好みます。

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2件のフィードバック

  1. ノン より:

    「ジャパネスク」のみコメントでしかも毎回一番ですみませんなノンです。
    そうですね、柏木さんのいうとおり、3巻~8巻までは
    今までと違い、息をもつかせぬような展開が(後半はより)続いて、
    一気に読み進める感じなので一巻ずつの感想を書くのは
    難しいでしょうね。
    私にとって「ジャパネスク」はここからの中盤から後半部の
    印象がとても強くて、あまり「ジャパネスク」を
    「ラブ・コメディ」とは思っていないんですよ。
    私にとっては推理小説やジェットコースタームービー的な感が
    強いかな?少しアクション風でもあり(笑)人物像の絶妙な
    設定や人間関係のリアルさで一言ではまとまりませんけれど
    コメディともあまり感じなくて・・・
    キャラクターたちの不完全さとかズレとかは現代でも普通に
    「あるある」と共感できる部分が多いからですかね。
    さて。今回の柏木さんの感想を読んで・・・
    「へえ~男心とはそういうもんですか(@o@)?」と思いました。
    高彬が嫉妬の鬼化する場面は私にはただ単純に可笑しくて。
    高彬はもちろん、瑠璃姫も不器用ですよね。
    「ああ~ホントに瑠璃が好きなんだね、高彬(苦笑)」とは思いました。
    あそこまで想われたら(男性を翻弄するのは)瑠璃姫は「魔性の女」ですね。
    瑠璃姫の「高彬が怖かった」という感情と、
    その後「私のいうこと信用していない」と悔しく思うのには
    少し女として同感もできますけれどねえ。
    あんまり疑り深い男はイヤですね(笑)
    でも惚れられやすく、また惚れっぽい彼女(もしくは妻)を
    持つ男性にも大いに同情はします・・・(笑)
    高彬のあのご乱行っぽいけれどハッキリした態度は理性を
    なくしているとは云えども「ちょっと格好いい」と私は思います。
    (自分がされたら怖いからイヤですけどね・苦笑)
    嫉妬もねちねちした嫌味とかよりずっとサッパリしていて。
    女の人が彼の浮気現場に乗り込んで一暴れした話を読んだ時と
    同じ爽快感が・・・
    あの瑠璃姫の対応だと、本当に不倫でないのに後で高彬にして
    みたら「不信感」は拭えないですよね。
    その高彬の慎重さが後々思ってもみない形でいい活躍をするので
    アレも氷室さん流伏線のひとつかしら?と思いつつも、
    自分が「瑠璃姫的立場」に追い込まれたらどう対処するかな?
    なんてことも考えてみたりもします(^^;)
    ある意味で人生の危機管理シミュレーション(笑)
    今までは「浮気」といえばドラマなどでもいえば男性の定番的
    な時代でしたが、これからどんどん女性の浮気も書かれる
    でしょうし、そういう女性増えるでしょうね。
    これからでなくとも現在では身近でも普通に聞きます(^^;)
    「ジャパネスク」が最初に書かれた時を考えたら、男女関係
    ひとつ取ってみても「時代を先駆けている小説」に思います。

  2. こんにちは、ノンさん。
    確かに『ジャパネスク』の煽り文句といえば「ラブ・コメディ」ですが、
    全体としては、あまり恋愛要素がメインとは思えないですよね。
    主人公である瑠璃姫周辺の恋愛が、確かに重要な要素のひとつでは
    あるのですが、人間、特に年頃の男女が登場するのだから、
    むしろ当然というか。
    「コメディ」に関しては、やっぱり「ジャパネスク」という
    タイトルに示されているように、平安時代日本風であって、
    平安時代日本ではないとか、話し言葉文章だからこそ、
    時々含まれている冗談っぽい表現などにあるのではないかな、とは
    思います。マンガ的ですしね。
    この巻の高彬は、後で恥じ入る部分などを含めて、かなり共感して
    しまっていまい、力入って書いてます。まあ、これが今読んだから、
    だとも思いますけれどね。もっと前、もしくは後に読んでいたら、
    もっと第三者的な感想だったとは思うのですけれど。
    瑠璃姫のキャラだから、「浮気」(本来の浮ついた気持ち)だって
    許せますけど、やっぱり私は性格的に浮気や不倫といったものは
    受け付けませんね(^^;) 潔癖症と言われようが嫌いです。
    そういや、このページ、アクセス解析をしていたら
    Googleで「不倫」のキーワードで検索してきた人がいるようです(笑)
    その人が求めているものはきっとここにはないですけど~。