文楽 楽屋と『夫婦善哉』

 29日は「面白能楽館」が終わった後、大阪の国立文楽劇場へ移動。「文楽 夏休み特別公演」の第三部『夫婦善哉』を見に行きました。完全に古典芸能漬けな一日でした(笑)

文楽楽屋にて

 これは文楽に詳しい方に誘っていただいたもの。割と早く着いたので、開演前に楽屋へ連れて行ってもらい、そしてとある三味線の方に、舞台裏を案内していただきました。太夫と三味線が出る”床”の裏、そして緞帳の裏のセット。舞台に人形が出入りする、あの幕も通ってしまいました(笑)

 それにしても、本番直前というのに楽屋内が随分リラックスしている雰囲気だったのが印象的でした。もっとも一ヶ月近くずっと公演するのですから、毎日ピリピリしていては持たないのでしょうけれど…。せっかく三味線の方に案内していただいたのですから、三味線のことも質問できたら良かったとは後悔。ただ太夫の語りや人形に比べれば、渋いので、もっと文楽を知らないと分からないだろうなぁ…と。

 『夫婦善哉』は織田作之助(1913-1947)の同名小説『夫婦善哉』を文楽に仕立てた新作。といっても原作は全然知らなかったのですけれどね(^^;) 大正末期~昭和初期の大阪下町を舞台にしています。

 文楽は好きなんですけれど、古典演目を見ていると、どうも一箇所ぐらいは主君のために自分の子を殺すといった「この感覚、馴染めないなぁ…」と思う箇所があるのですが、この『夫婦善哉』はそんなこともなく、私にはすっきり入ることのできる演目でした。

 主人公である蝶子が、放蕩でだらしがなく甲斐性もない柳吉に(喧嘩は絶えないものの)それでも尽くす根本にあるのが、「好いた男のぼんぼんと、何が何でも添いとげにゃ、なにわ女の値打ちが下がる」と惚れた弱みと意地だってのは、なんかとっても好き。ちょっと古いですけれど、良き大阪風情ですよね。

 最後まで柳吉はだらしないままですが、それでも二人で夫婦善哉を食べて、雪の降る中、相合傘で「めをとぜんざい ぜんざいぜんざい よきやかな」と終わるのがなんとも良いです。笑いも各所に散りばめてあって、人情喜劇といった感じでした。

 もちろん蝶子の健気さは光ってますが、ポイントは柳吉。甘ったれというか、あかんたれというか。ホンマにぼんぼんで、自分はロクに働かず、蝶子がコツコツ溜めたお金で散財したりして、やることはかなり酷い。正直なんだコイツはとも思うんですけれど、でも、どこか自分にも似た部分もあるように思えて、どこか憎めない愛嬌のある人物でした。

 古き大阪好きの私には、大阪言葉がたくさん出てくるのも嬉しいです。パンフレットについていた床本(台本)を読み直しては、太夫の語りを思い出してます。

 上方落語を最近聞くのも、より楽しめた一つの要因だと思います。細かいところですが、例えば、柳吉が「ミナミのうまいもん」を挙げる場面がありますが、その中の「法善寺境内正弁丹吾亭の関東煮(かんとうだき)」

 桂米朝さんの落語『馬の田楽』のマクラに、今では関西でも「おでん」といえば煮込みのものですが、古くは豆腐やこんにゃく・里芋などをを串にさして味噌をつけ、火であぶったものが関西風の「おでん」だった、そのため煮込みのおでんは「関東煮」と言った、という話があります。昭和30年ぐらいまでの話しだそうです。

 米朝さんの本『米朝ばなし~上方落語地図』という本を読んで、大阪の古い様子を多少は見知っていたのも、楽しむのにプラスになったと思います。柳吉と蝶子が二人で作った店「カフェーサロン蝶柳」がある「下寺町」というのも、この本を読んでなかったら、あまり場所が分からなかったでしょうから。

 『夫婦善哉』には新作ということで、少しですがBGMも使われています。最初は花火の音から始まりましたが、最後の「千日前法善寺横丁 めをとぜんざいの段」の始まる前は、どこかで聞いたことのあるお囃子。

 ん?と思ってたら、桂春團治さんの出囃子「野崎」です。床本にも「法善寺の花月で春団治の落語を聞いてゲラゲラ笑い」とか「寄席の花月の出囃子も 野崎の連れ引き なつかしや」とあります。私が聞いたことがあるのは今の春團治さんですが、劇中の「春團治」は先代か先々代ですよね。どちらなんでしょう。

 楽屋裏も、そして舞台もとっても楽しめた文楽第三部でした。今度は第二部の『夏祭浪花鑑』と『連獅子』を見に行きます。こちらもとっても楽しみです。

文楽夏休み特別公演 第三部「社会人のための文楽入門」
◆7月29日(土)19時~ 於・国立文楽劇場
★解説「おおさかの人びと そして文楽」
 竹本文字久大夫・竹本浩三
★『夫婦善哉』
 北新地曽根崎・茶屋染太郎の段
   豊竹呂勢大夫
   竹澤宗助
 上塩町がたろ横丁・一銭天婦羅たねの段
 高津日本橋黒門市場裏・二階間借りの段
   豊竹英大夫
   野澤喜左衛門
 下寺町電停前・カフェーサロン蝶柳の段
 千日前法善寺横丁・めをとぜんざいの段
   豊竹嶋大夫
   鶴澤清介
 柳吉=桐竹勘十郎
 蝶子=吉田和生
 同輩芸者金八=吉田勘弥
 おちょぼとめ子=桐竹紋秀
 父種吉=吉田玉女
 母お辰=桐竹紋豊
 周旋屋おとき=桐竹亀次
 娘京子=桐竹紋吉

TBP人形浄瑠璃 文楽

Pocket
LINEで送る

柏木ゆげひ

大学の部活動で能&狂言に出会ってから虜→現在は会社員しながら能楽研究の勉強中。元が歴史ファンのため、能楽史が特に好物です。3ヶ月に1回「能のことばを読んでみる会」開催中。能楽以外では日本史、古典文学などを好みます。

オススメの記事

2件のフィードバック

  1. かえで より:

    今回の夫婦善哉は本当に面白いですよね~!
    世話物に出てくる男性もみんな柳吉みたいにあかんたれ
    ですよ(笑)
    「ととでたや~の、かかでたや~の」っていつも頭の中で
    まわってます~♪

  2. 私は能や狂言、落語でも新作に懐疑的なので、
    文楽の新作『夫婦善哉』も正直期待はしてなかったんです(汗)
    誘われたから行く、みたいな部分もあったのですが、
    見て本当に良かったです。
    「ととでたや~の、かかでたや~の」は、最初の芸者遊びのシーンですよね。
    いわゆる「赤上げて、白上げて。白下げないで、赤上げない」みたいな、
    それを男女でやる遊びなんだと思うのですが、不思議に頭の中で
    リフレインしますよね。
    桂春團治さんの出囃子「野崎」は、
    『新版歌祭文』野崎村の段の、駕籠と船で大阪に帰るシーンに
    由来するものなんですってね。
    文楽鑑賞教室で見た時には全然気付いてませんでしたけれど(汗)
    思えば文楽の世話物って、私全然見たことがありません。
    今度見る『夏祭浪花鑑』は世話物に入るのでしょうか?
    楽しみです。