長生殿の「うち」には何の字が書かれている?
先日、能〈邯鄲〉の謡本を読んでいたところ、宮城の立派さ(夢の中の話なんですけど)を表現する喩へばこれは。長生殿の”うち”には。春秋を止めたりとある部分があります。
この「うち」の文字がどうも読めません。正しく言うと、現行観世流の謡本は丁寧にフリガナがついているので、「うち」と読めるのですが、一体何の字か分からないのです。
どうも「重」という字の下に「衣」があるように見えるのですが、辞書を引いてもそういう字は見つかりません。となると、「裏」かと思いますが、「うら」と読む字で「うち」と読むのはどうも抵抗があります。「裏」に似た字に「裹」というのがあって、「つつむ」と読むらしいので、こちらかな?とも思ったのですが。
結論をいうと、やはり「裏」で正解でした。この部分は『和漢朗詠集』にある慶慈保胤の漢詩長生殿”裏”春秋富、不老門前日月遅を下敷きにしたものらしいので間違いありません。
「裏」という字を漢和辞典で引いてみた
漢和辞典で「裏」の字を引くと、「里」という字はたてよこの筋目がついた田畑の意味で、「裏」は「衣+里」から、縞模様の布地の意味を表すのが本来の意味だそうです。縞模様の布地は、衣服のうら地に使うことから「うら」、外側でないために「うち」という意味も持つのだとか。「衣+里」なので、「裏」と「裡」と同じ字です。
なるほど! そういえば、歴史用語で天皇の御所のことを「内裏」と書きますけれど、これは都の「内(うち)の裏(うち)」という意味なんですね! …なんでも調べてみるものだと思ったのでした。
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