「須田国太郎展」に行ってきました

須田国太郎の能・狂言デッサン

 京都国立近代美術館で催されている「須田国太郎展」に行ってきました。洋画家・須田国太郎さん(1891-1961)の作品展です。私の目当てである能・狂言デッサンは最後の展示区画。須田国太郎さんは、独学で油絵を描きはじめられたのとほぼ同時期(1910年。19歳)に高岡鵜三郎(シテ方金剛流)に入門。能の謡を生涯の趣味とされたそうです。

 能楽界との付き合いも深かったらしく、『幽玄』や『金剛』といった能楽雑誌へ文章を寄せてらっしゃいますし、初世金剛巌の没後に復刊された著書『能と能面』にも、「金剛巌師」という追悼の文を寄せていらっしゃいます。

 また、公開されている須田さんの日記(岡田三郎『須田国太郎 資料研究』)を拾うと、京都薪能の目録の表紙を描いたり、片山博太郎師(シテ方観世流。現・九郎右衛門)の婚礼祝の扇子の絵を描かれたことが記されています。狂言に関しても、1953年4月に「茂山千五郎氏と芸談」(狂言方大蔵流。後の三世千作)とあります。

 金剛永謹師(シテ方金剛流)が5歳のころの仕舞姿の絵も展示されていましたが、これはどうやら京都での初舞台だったらしく、須田国太郎さんが付き合いの深かった金剛家への贈り物として描かれたものなんだそうですね。

 能・狂言のデッサンは、1927年から最晩年にかけての約30年間に描かれたもので、演目は能345番・狂言50番、演者は計48人、そして総数6,000枚あまりという膨大なもの。今回展示されているのはそのごく一部なんですが、先に本家サイトの掲示板へこっこさんがレポート下さった通り、「今にも動き出しそうな絵で素晴らしかったです。道成寺の連作なんて本当に凄い!」というのは私も全く同じです。

 『道成寺』というのは、1949年に金剛能楽堂で催された「金桜会」にて演じられた桜間金太郎(シテ方金春流。後に弓川)による舞台を、11枚に渡って描いたもの。間狂言による鐘の吊り上げからシテの出・乱拍子・急之舞・ワキの語り・後シテのイノリと、最初から最後まで演者たちの動きまでが見えてくるかのようなデッサンでした。

 他の作品はそれぞれ1枚ずつを展示されているのですが、それはその能や狂言に対して、たくさん描かれた中の1枚にしか過ぎないわけですね。『道成寺』の絵を見ると、他の絵も前後の絵が見たくなってきます。

 須田国太郎さんがデッサンをされていた様子については、息子の寛さんが後に「スケッチブック一冊を演能一番で全部使い切るくらいですから、それはささっと動いているだけのようなものも連続写真みたいに十枚くらいページをめくりながら描いているんですね、やわらかい鉛筆で。驚くほどのスピードで描いておりました」と語っています。

 スケッチブックには当時の番組が挟まれているのですが、戦争中の番組には「警報ノ時ハ解除後開演致シマス」と書かれていたりして…これって空襲警報のことですよねたらーっ そんな時期にも能会が催されていたことに驚くとともに、当時の世相を感じさせますね。寛さんが初めて能に連れて行かれたのもそのころだったらしく、「昭和二十年というと、空襲がそろそろ日常化したころで、今日は空襲がないといいがなあと思いながら行ったので覚えているんです」と仰っています。

 しかし、デッサンを膨大に描かれた一方で、油絵として残っているのは『野宮』『大原御幸』の2枚だけ。ほかにパステル画などが数枚ありますが、とにかく、あまり多くないのですね。能や狂言はデッサンの対象にして動きを描く訓練とはしつつも、画題としてはあまり考えてらっしゃらなかったようです。親しい間柄の相手に頼まれたり、金剛永謹師の仕舞絵のように贈り物として描いたものが残っているだけなのです。『大原御幸』に関しては日記に、吉忠(呉服問屋)の社長に依頼されて製作したことが書かれています。

 須田国太郎さんが金剛流の謡を習っていたこともあり、デッサンが描かれた場所は、ほとんど室町通四条上ルにあった旧金剛能楽堂です。当時は戦争の為に東京などで演能できる場所が少なく、空襲を受けなかった京都こそが能・狂言の中心地となっていました。須田国太郎さんの絵を通じて、当時の能や狂言を少しだけ垣間見ることができた思いです。

 また、日本画家の上村松園さんも同じく金剛流の謡を習われていましたから、近くの席で描かれていることもあったといいます。2人の大画家が熱心にデッサンされている見所というのは、今と随分雰囲気が違ったのでしょうねぇ。次に行くつもりの「生誕130年記念 上村松園展」も楽しみです!ラッキー

(この文章は、6日に京都国立近代美術館で行われた「須田国太郎の能・狂言デッサン」の講演と対談、および配布資料を参考にさせていただいて書きました。念のため)

TBPeople 能・狂言

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涸井戸スコウプ:[展示]須田国太郎展@京都国立近代美術館

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柏木ゆげひ

大学の部活動で能&狂言に出会ってから虜→現在は会社員しながら能楽研究の勉強中。元が歴史ファンのため、能楽史が特に好物です。3ヶ月に1回「能のことばを読んでみる会」開催中。能楽以外では日本史、古典文学などを好みます。

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1件の返信

  1. 京都国立近代美術館の展覧会

    須田国太郎展
    会期:2005年11月1日(火)~12月18日(日)
    休館日:毎週月曜日
    入館料:一般830円、大学生450円、高校生250円、中学生以下無料
    開館時間:午前9時30分~午後5時
    場所:京都市左京区岡崎円勝寺町
    TEL:075-761-4111
    ホームページ:http://www.moma