久しぶりにニュース以外のテレビ番組を見ました。NHK教育の『その時歴史が動いた』です。「壬申の乱~天武天皇誕生の秘密」とあったので、古代史専攻として興味を惹かれたのです。
天智天皇の死後、弟の大海人皇子と息子の大友皇子は対立し、大海人皇子は吉野へ逃れます。後、大海人皇子は東国へ移り兵を集めて、近江の都にいる大友皇子と戦います。日本古代最大の戦乱・壬申の乱です。結果、勝利した大海人皇子は天武天皇として即位し、中央集権国家の建設を行います。
番組内容としては『日本書紀』の記述で壬申の乱を辿りながら、いかにして大海人皇子がそれまでの”大王”より一層高い地位である”天皇”の地位を確立したか、というもの。大海人皇子の神秘性を物語る霊異のエピソードの紹介ばかりが多くて少し不満もありましたが、途中の解説に講義を受けたことのある先生が複数登場されたことが嬉しかったです(笑)
面白かったのは吉野南国栖にある浄見原神社に、近江から逃れてきた大海人皇子が半分だけ食べた魚を「もし私が再び都に戻るならば、生き返れ」と言って川に放ったところ、魚は生き返って川を泳いで行った、という伝承の紹介があったこと。
壬申の乱で大海人皇子が吉野の国栖に逃れる話は、『国栖』という能になっていますが、その中の「鮎之段」と呼ばれる部分が、ちょうど清見原神社の伝承と同じです。能では国栖の翁が魚を放って占うことになっていますが。
侍臣(ワキ)「いかに尉。供御の御残りを尉に賜れとの御事にて候
(中略)
尉(シテ)「いかに姥。供御の御残りを尉に賜れとの御事にて候が。この魚は未だ生き生きと見えて候
姥(ツレ)「げにこの魚は未だ生き生きと見えて候
尉「いざこの吉野川に放いて見よう
姥「條なきことを宣ひそ。放いたればとて生き返るべきか
尉「いやいや昔もさる例あり。(中略) その如くこの君も。再び都に還幸ならば。この魚もなどか生きざらんと
地謡「岩切る水に放せば。岩切る水に放せば。さしも早瀬の瀧川に。あれ三吉野や吉瑞を。現す魚の自ずから。生き返るこの占方。頼もしく思し召されよ
能『国栖』ではその後、狂言方が演じる近江朝廷の追手が表れます。国栖人の尉と姥は舟を裏返して、その下に浄見原天皇(大海人皇子)を隠しますが、舟を怪しまれてしまいます。能では尉が「身こそ賤しく思ふとも。この所にては翁もにっくき者ぞかし。孫もあり曾孫もあり。山々谷々の者ども出で合ひて。あの狼藉者を撃ち留め候へ。撃ち留め候へ」と気迫で追手を追い返します。
国栖に伝わる伝承では、大海人皇子を小舟の下に隠したものの、追手が連れてきた犬が舟の周りを嗅ぎ回るので、やむなくその犬を殺したのだとか。犬の遺骸を埋めた「犬塚」があるそうです。それ以来この地域の人たちは犬を飼わないそうで、画面に映ったおばあさんも「今も犬はいません」と仰ってました。
能『国栖』は壬申の乱を描いているのに、『日本書紀』には元ネタがないなぁと前から思っていたのですが、今回の番組を見ていると、国栖の地域に伝わる伝承を集めて作られた能なのかな、と思いました。
関連するのかはよく分かりませんが、旧暦正月14日(今年は今週末の2月11日)には浄見原神社で、国栖奏という舞が奉納されるそうです(少し放送されていました)。右手に鈴、左手に榊を持った翁が舞うとか…「鈴」に「翁」と聞くと三番叟との関連を感じてしまいますね。どうなんでしょう?
■関連記事
→古びた森小屋:その時歴史が動いた『壬申の乱』
→言うたらなんやけど:壬申の乱
→つぶつぶ:犬を飼わない村
はじめまして。こんばんは。
綾里と申します。TBありがとうございました。
古代史を学んでいらっしゃったのですか。
私は国文学を学びましたので古代史にも触れましたが、どうも文学的にとらえてしまうのか霊威や神秘性に違和感を感じず、逆にそちらの方が面白いと感じてしまいました;;
やはり、古代史をきちんと考えていらっしゃる方には少し不満な内容だったようですね。
記事も興味深く拝見させていただきました。
魚のエピソードは能にあるのですか!
実は能にも少し興味がありまして、機会がありましたら見てみたいです(学生時代なら大学で見る機会も少しあったはずなのですが;)
柏木さんおすすめの「花よりも花の如く」は友人からすすめられて実は持っております。
大変勉強になりました。
ありがとうございます。では失礼いたします。
綾里未優さん、はじめまして。
コメントありがとうございます。
私は高校時代に古典文学にハマりながら
何かを間違えて古代史専攻になった人間ですので(笑)
あまり正当派ではありません。
霊威や神秘は好きなんですけれど、特に『日本書紀』という
政治臭い書物に書いてあるものに関しては
どうしてもその裏を考えるのが癖になっていまして…。
古典文学を良く知っていると、
能は深みを持ってみることができますよ。
『花よりも花の如く』1巻の最終話
「大人はなにかをかくしている」の中に
薪能の舞台の上に虫がいっぱいいる箇所(170頁)がありますが、
あれが能『国栖』です。
「このお話は『国栖』といって、しんせつなおじいさんとおばあさんが
逃げている王子のぼくを舟の下にかくしてくれるんです…」
もし良ければまたいらして下さいませ。