長能会定期能《項羽》

楚漢戦争を題材にした能《項羽》

13日は神戸の湊川神社神能殿に長能会定期能を見に行ってきました。面白かったのは能《項羽》。あまりメジャーとは言えない能なので、大まかなあらすじを書きますと。

能《項羽》

舞台は中国・烏江の野。草刈男たち(ワキ・ワキツレ)が秋草を刈り終えて家路につこうとしていると、ちょうど舟に乗った老人(前シテ)が来合わせたので、乗舟を頼む。対岸につくと老人が舟賃として、秋草を一本欲しいと望むので、草刈が秋草を差し出すと、迷うことなく朱色の花を選び出す。その花は項羽の后・虞氏の亡骸を埋めた塚から生えた虞美人草だといい、さらに項羽と高祖(劉邦)との戦いの様を語る。そして老人は実は項羽の幽霊であることを明かし、跡を弔うことを願って消え失せた。(中入)
草刈男たちが項羽の跡を弔っていると、矛を持った項羽(後シテ)と虞氏(後ツレ)の霊が生前の姿で現れ、四面楚歌の中堪えかねた虞氏が身を投げると、項羽は慌てて矛の柄で水中を探す。やがて空しいと悟ると、項羽は決戦の場に向かい、苦戦し、悲憤の中に自らの頸をはねて果てた様子を再現するのであった。

シテは吉井順一師の予定が、代役でご子息の吉井基晴師。しかし、さても項羽・高祖の戦ひ。七十余度に及ぶといへどもから始まる戦いの様の「語」がとっても力強くて、全体的に引き締まった感のある好演でした。

また後半、正先に置かれた一畳台から身を投げたツレを追って、シテが矛を逆に持って探す演技が「舞働」の囃子で演じられます。通常、鬼神などの威力を表すために奏される「舞働」の定型からは外れていますが、囃子の激しさが項羽の心の焦燥を描いているかのようで、大変面白く拝見していました。

ワキ・ワキツレは《敦盛》の前シテ・前ツレのような草刈男の出立。それがお経を上げて弔いをするというは、少しだけ違和感があるようにも思います。前半、虞美人草のことを中心に描いたのに、中入と後場の最初を、夢幻能の定型で作ってしまったという、能の作りの問題だとは思いますが…。

前シテは肩に上げた水衣に熨斗目着流、面は朝倉尉。船頭なので竿を持っていました。アイは肩衣と狂言袴の、いわゆる太郎冠者スタイルで、ワキ・ワキツレの草刈男(水衣・熨斗目・草)とあわせて、中国が舞台のはずの曲ながら、全員が完全に日本の格好。でも、このことは終演後に人と言われて初めて気づいたことで、見ている間は全然違和感がありませんでした。能って最低限の作り物以外舞台装置を使わないので、謡の内容以外、中国であるってシンボルがなかったからでしょうか。

後シテは唐冠に黒頭、法被・半切、面は怪士。手には矛を持ってます。後ツレは緑色の唐織の上に赤色の側次を着ていて、唐冠や矛、側次で中国らしさを多少は表現していました。とはいえ、全体的には日本的な情緒の世界だと思います。改めて、能ってあくまで日本で作られたものなんだなぁと感じました。

中国もの尽くしの能会?

キリの能は《猩々》で、中国物づくしの会でした。狂言は《附子》でしたが、これも中国人が出てくる曲を希望(笑) …って《唐相撲》か、和泉流でのみ演じられる《茶子味梅》ぐらいしか思いつきませんが(^^;)

《項羽》が1時間強、《猩々》が25~30分ぐらい。狂言《附子》も35~40分ぐらいで、13時開演ながら15時過ぎには終わるというスピード能会でした。この時間ならもう1番ぐらい能が見たいな、と思いました(笑)

長能会定期能

◆2007年10月13日(土)13時~ 於・湊川神社神能殿(神戸市中央区)
★観世流能『項羽』
 シテ:吉井順一(代役:吉井基晴) ツレ:岡野八重子 ワキ:江崎金治郎 アイ:善竹忠重
 笛:森田保美 小鼓:荒木建作 大鼓:山本哲也 太鼓:中田弘美
★大蔵流狂言『附子』
 シテ:善竹忠亮 アド:岡村和彦・尾鍋智史
★観世流能『猩々』
 シテ:森田彩子 ワキ:山本順三
 笛:斉藤敦 小鼓:林大和 大鼓:守家由訓 太鼓:上田慎也

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柏木ゆげひ

大学の部活動で能&狂言に出会ってから虜→現在は会社員しながら能楽研究の勉強中。元が歴史ファンのため、能楽史が特に好物です。3ヶ月に1回「能のことばを読んでみる会」開催中。能楽以外では日本史、古典文学などを好みます。

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