見守るのか、取り憑いたのか

 大槻能楽堂特別公演に行って来ました。目的は初めて見る『恋重荷』です。ドロドロした情念を描いた能が好きなのに、今まで見たことがなかったのですよ。

 実際の会場は凄まじいまでの人出で満席のうえ、補助席がところ狭しと立ち並び、会場内は熱気で暑い、暑い。能もこんな公演ばかりなら良いんですけれどねぇ~。

大槻能楽堂特別公演
◆10月22日(土)14時~ 於・大槻能楽堂

★大蔵流狂言『鬼瓦』
 シテ(大名)=茂山千作
 アド(太郎冠者)=松本薫

★観世流能『恋重荷』
 前シテ(山科荘司)/後シテ(荘司の亡霊)=観世清和
 ツレ(女御)=上田拓司
 ワキ(臣下)=福王茂十郎
 アイ(下人)=茂山千三郎
 地頭=大槻文蔵
 笛=光田洋一 小鼓=曽和博朗 大鼓=山本孝 太鼓=三島元太郎

 今年は『鬼瓦』の狂言を3回見てますが、全てシテは茂山千作師です(笑) 京都に出てきた大名がお寺の鬼瓦を見て、国元に置いてきた奥さんを思い出して泣く、というだけの短い狂言ですが、大名と奥さんとの間に窺える微笑ましい情愛が何とも良いんですよね。特に千作師の「国元の女どもが恋しゅうなったやいわい」という言葉は最高です。

 アドは最初が網谷正美師で二度目が茂山千五郎師、今回が松本薫師ですが、私は松本薫師の、ちょっとした動きがきちんと「所作」になっているのが美しく好きです~。

★能『恋重荷』

 白河院の御所で菊の世話をする老人・山科の荘司は、ある日偶然垣間見た院の女御の姿を見て、恋に落ちてしまう。そのことを聞いた女御は、恋をするものに相応しい荷があるから、それを持って庭を百度千度と回るなら顔を見せても良い、という。そこで臣下は美しい荷を用意し、女御の言葉を荘司に伝える。荘司は狂喜して、その荷を懸命に持ち上げようとするが持ち上がらない。元より持ち上がるはずのない重荷だったのだ。なぶられたことを知った荘司は、女御に復讐を予言して憤死する。(中入)
 たたりを恐れる臣下の勧めで、女御は荘司の死んだ庭に出ると突然、大きな岩に押されたかのように身動きが取れなくなる。そこに髪を振り乱した荘司の亡霊が現れて、女御を恨み責めるが、ついには妄念が消え、女御の守り神となろうという言葉を残して去るのであった。

 能『恋重荷』ですが…、現在、少々困ったことが起きていて疲れていたのですが、そういう時には能も完全には楽しむことができない、ということを改めて思い知らされた結果になってしまいました(涙)

 シテは観世清和師、そして大小鼓が私としては関西最高の組み合わせだと思っている曽和博朗師&山本孝師ですから、とても楽しみにしていて、自分なりに『恋重荷』を何度か見てから見に行ったというのに、客の熱気で暖かいこともあってか、何度もウツラウツラと船を漕いでしまいました。お金を払って寝に行ってるのでは勿体ない冷や汗 せめてコーヒーを飲めば良かったと、後悔しきりです。

 それでも気を奮い立たせて見ていた中では、恨み死にして中入りする時の、早くないのに荒々しい歩みは老人の愛憎が一気に逆転した様を痛いほど感じさせられました。

 何よりも印象に残ったのが最後。謡では「浅ましの身や。衆合地獄の。重き苦しみ。さて懲り給へや。懲り給へ」と責めた後、突然「跡弔はばその恨みは。霜か。雪か。霰か。終には跡も消えぬべしや。これまでぞ姫小松の。葉守の神となりて千代の影を守らんや。千代の影をも守らんや」と恨みを消すのですけれど、その割に拍子も荒々しく、恐ろしげな様子が全く変わらない。

 私が思ったのは、謡で語られているのは荘司の側の自己満足的な勝手な言い分で、女御の「千代の影」に荘司の亡霊がいつまでも取り憑き続けるという宣言であって、今まで以上の恐ろしさを表しているのではないか、と。先代の観世銕之亟師が仰っていたという『恋重荷』の解釈に、私なりに多分に影響を受けているのだとは思いますけれど。

 ともかく半分ぐらいは意識が落ちていたので、ロクな感想が書けません。今度『恋重荷』を見るときには、体調を万全にしたいものです。反省。

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柏木ゆげひ

大学の部活動で能&狂言に出会ってから虜→現在は会社員しながら能楽研究の勉強中。元が歴史ファンのため、能楽史が特に好物です。3ヶ月に1回「能のことばを読んでみる会」開催中。能楽以外では日本史、古典文学などを好みます。

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3件のフィードバック

  1. かえで より:

    先日はお疲れ様でした。
    文楽でもそうですが、お能はとくに体調で左右されますよね。
    私も、春に拝見した友枝師の「融」で睡魔に襲われ、勿体無い事をしましたので、柏木さんの気持ちがよ~~くわかります(笑)
    家元の能は1年ぶりでしたが、私は堪能いたしましたよ。
    村瀬さんのお話も面白かったですよね。
    好きな人でもずっと一緒にいるのでは、疲れて嫌になる?
    そしたら、守護神になられるのも甚だ迷惑な話ですわね?
    孝先生の掛け声、素敵でしたよねぇ(^v^)
    私はS和さんは苦手なので、孝先生ばかりを拝見してました!

  2. peacemam より:

    「恋重荷」って観てみたいお能のひとつです。写真集なんかにはよく出ているのになかなかやらないですよね。重たい内容だから余計に眠かったのではありませんか?これからどんどん寒くなりますし、体調を崩さないようにしっかり睡眠はとってくださいね。

  3. ★かえでさん
    先日はどうもです。
    分かりきっているはずのことですが、
    能を見るときには体調をきちんと整えなければなりませんね。
    特に楽しみにしている能ほど。
    好きな人でもずっとでは、疲れるかもしれないのに、
    ましてやせいぜい「同情」程度しか気持ちを持っていない
    老人が、背後霊のようにずっといるんですよ~。怖いですやん(笑)
    でも、男として、少しそういう粘着質な気持ち、
    分かる気もします。実際にやっちゃダメですけど(^^;)
    ★peacememさん
    そうですね。知名度も高い能の割に、
    重い扱いでもありますし、なかなか演じられない曲ですね。
    内容は重いですが、能の構造としてはむしろあっさりしていると
    思いますよ。謡を謡っていて、意外に短いと感じましたし。
    突然寒くなってきてびっくりしています。
    体調も崩したくないですし、寝れる時にはしっかり眠るようにします。
    と、講義中に寝てしまうんですけど(笑)