若手能 大阪公演 第二日

若手能 第二日

若手能 能楽若手研究会 大阪公演 第二日
◆1月22日(日)13時~ 於・大槻能楽堂

 さて一日空きましたが、続いて行った若手能二日目の感想です。早めに行って正面席ゲットしました(笑) ちなみに前回はプレゼントでいただいたチケットでしたが、今回は自分で買いました。

★観世流能『芦刈』
 シテ(日下左衛門)=吉井基晴
 ツレ(左衛門の妻)=斉藤信輔
 ワキ(妻の従者)=福王知登
 ワキツレ(供人)=喜多雅人・指吸亮佑
 アイ(難波の里人)=善竹隆平
 笛=斉藤敦 小鼓=上田敦史 大鼓=守家由訓
 地頭=山本章弘

 最初は観世流の能『芦刈』。零落して生活のため一度別れた夫婦。都の貴族の乳母となった妻に対して、夫は芦売りに身を落とし、日銭を稼ぐ日々です。都から夫を探しに従者を引き連れてやってきた妻ですが、昔、家のあった辺りに夫はいません。気落ちする乳母殿を従者は心配して、難波の里人に「何か面白いものはないか」と聞く。すると最近、面白いことを言って芦を売る男がいるというので、それを見てはと勧める。

 そして登場する男。「カケリ」という短い舞を舞います。物狂の能の定型といえばそうなんですが、何か大切なものを失っている男…というように感じました。実際、彼は零落して今はその日暮らし。定型だからこそ、表現できる深みでしょうか。

 芦売りのパフォーマンスに感心した乳母の一行は芦を求めるのですが、そこで顔を見合わせた二人。かつての夫婦であることに気付きます。立派になった妻に対して、男は恥ずかしく逃げ出してしまいます。しかし、妻は従者を置いて一人追いかけます。そこで呼びかける言葉。「いかに古へ人。わらはこそこれまで参りて候へ」 良いですよね、なんだか。

 シテの吉井基晴師、型のキレがありつつも、派手になり過ぎず抑えた感じの演技がステキでした。特に男舞。達拝の部分の、大鼓と小鼓の息の詰まったせめぎあいはたまりませんし、とにかく舞はカッコ良い! 『芦刈』はあまり上演される機会の多くない曲ですが、次々と見どころ・聞きどころが続きますし、本当に面白い曲だと思いました。大阪のご当地曲ですし、なんで上演回数が少ないんでしょうねぇ? ツレの斉藤信輔さんは、一度セリフを詰まってしまったのが残念でした…。

 善竹隆平師演じる間狂言の人間臭さも楽しいです。夫婦が再会できたのも自分が芦売見物を進めたこそだと手柄を自慢して、一緒に都へ連れて行ってくれ、と主張します。そして都で恥をかかないために和歌を読んだというのですが、それは「物の名も処に拠りて変わりけり。難波のあじは伊勢のハマグリ」というもの。しっかりワキに「難波の芦は伊勢の浜荻」と訂正されます(笑) 好きです、こういうの。

★和泉流狂言『鎌腹』
 シテ(夫)=小笠原匡
 アド(妻)=中本義幸
 アド(仲裁人)=山本豪一

 続いて狂言『鎌腹』。初めて見る狂言です。幕が開くと、突然ドタドタと逃げる男、鎌を括り付けた棒を持って追いかける女、止めようとする仲裁人。インパクトのある始まり方です。夫の太郎が怠けて山へ薪取りに出かけないので、妻が怒って追いかけているのです。

 夫は「女に侮辱されるよりは死んだ方が良い」鎌で腹を切ると言い出しますが、妻は「十文字なりとも八文字なりとも、存分に切りなされ」と相手にしません。どうせ腹など切れまいと分かっているのです。間に立つ仲裁人は心配して、夫が鎌を持つ右手を押さえるのですが、夫と揉み合いになっている間に、妻に引っ張られて幕に入ってしまいます。夫はもう押さえられていないのも気付かず「止めて下さるるな!」と一人で騒いだまま。

 ふと後ろに誰もいないのに気付いて「薄情な人じゃ」と(笑) その後は様々に工夫して切腹をはかるのですが、どうしても怖くて死ねません。さらに途中で去ってしまった仲裁人に対して、こんなことを言います。「止めるなら止め果せて下されば、今このような難儀なことをせずに済んだものを」 誰か止めてくれるのを待っているようです(笑) 死のうとするたびに、幕の向こうにいるであろう妻や仲裁人に「ヤイヤイ。今、腹を切るぞ!」と呼びかけるぐらいですから。死ぬと言っているのは口ばかりで、一向に死にそうにない。親近感が湧きますイヒヒ

 結局、最後は「今日は止めに致そう」と言い出し、通りかかった人に妻へ帰ったら足を洗う水の用意をするように伝言をして山へ向かって行きます。結局は何も解決していないので、この夫、明日になったらまた妻に追いかけられてそうな気がします(笑) 仲裁人も「またしても女に追いかけられ」と言ってましたし、日常茶飯事なんですね。それでも続いてるんですから、割と仲の良い夫婦なのでしょうかねぇ? 未婚者には分かりません(笑)

 この『鎌腹』は和泉流と大蔵流ではあらすじからして違うそうですね。大蔵流でも見てみたいものです。

★宝生流舞囃子『富士太鼓』
 シテ(富士の妻)=石黒実都 地頭=辰巳孝弥
 笛=成田寛人 小鼓=高橋奈王子 大鼓=辻雅之

 太鼓の楽人だった夫の富士が宮中での管弦の役を巡って殺された。その妻が狂乱して太鼓こそ夫の仇だと散々に打つ場面です。宝生流だからなのかは分かりませんが押さえ気味の舞でした。個人的にはもっといかにも狂乱している雰囲気の方が好きなんですけれど、上品だなと感じましたね。

 舞では、もうすぐ大鼓で「大小楽」(太鼓の入らない「楽」)の稽古を受ける予定なので、シテよりどちらかというと大鼓を注視してしまいました(笑) なんか間違ってますね、自分の観能態度たらーっ

★観世流能『鉄輪』
 前シテ(女)/後シテ(女の生霊)=梅若善久
 ワキ(安倍晴明)=梅村昌功
 ワキツレ(男)=御厨誠吾
 アイ(貴船の社人)=善竹忠亮
 笛=野口亮 小鼓=鳥山直也 大鼓=山本哲也 太鼓=田中達
 地頭=藤谷音彌

 最後の『鉄輪』大好きな曲です。私、「恨み辛み」系の能が好きなんですよ(笑) 舞台は京都の最奥・貴船神社。行ったことがありますが、昼間でも薄暗い場所です。しかも丑の刻(午前2時ぐらい)。貴船の社人役の間狂言・善竹忠亮師の口開けも重々しい。続く大小鼓による次第の囃子も重い。山本哲也師の掛け声はただ重いだけでなくてどこか不気味。その雰囲気をひきずったままシテの謡へ入ります。ちょっと籠り気味で、謡が聞き取り難かったですが。

 社人は、恨みを持って丑刻詣を続ける女に、貴船明神の御告として「身には赤き衣を着。顔には丹を塗り。頭には鉄輪を戴き。三つの足に火を灯し。怒る心を持つならば。忽ち鬼神と御なりあろうずる」と伝えます。この話を元に書いた夢枕獏さんの小説『陰陽師』では、女をからかって言ったことになってますが…実際どうなんでしょう?

 「言ふより早く色変はり」という謡通り、返事をした時から鬼神と化し始めたのでしょう。間狂言は「恐ろしや、恐ろしや」と逃げ出てしまいます。地謡も最後、それまで重々しかった雰囲気が一転、急調になったかと思うと「憂き人に思ひ知らせん」 その最後「んっ」と引かずに謡を切って、囃子もなし。無音となった舞台の上を、鬼神と化しつつあるシテだけが、すっすっと橋掛りを歩いて行きます。…本当に怖いです。

 そのころ女の元夫は夢見が悪しいと陰陽師・安倍晴明の元に相談に行きます。白い狩衣+白大口+烏帽子。白づくめで、いかにも晴明スタイルです(笑) 女の恨みで命は今宵で尽きると宣告する晴明。元夫は晴明に頼み込んで、形代に運命を転じ変えてもらうことになります。

 鬼神と変じた元妻が現れます。ここの謡も大好きです。

シテ「捨てられて
地謡「捨てられて。思ふ思ひの。涙に沈み。人を恨み
シテ「夫(つま)をかこち
地謡「ある時は恋しく
シテ「または恨めしく
地謡「起きても寝ても。忘れぬ思ひの。因果は今ぞと。白雪の消えなん。命は今宵ぞ。いたわしや

 元夫への思いだけで、鬼にまで変じてしまう。裏返せばそれだけ思いが深いわけで、その思いをつらつらと述べた部分ですが…最後の「いたわしや」の言葉。命を今宵奪うのは他ならない自分であるにも関わらず、ここで突きはなしたように「おかわいそう」というわけで。聞くたびにゾゾッとします。

 シテは後妻の形代の髪を掴んで散々に打ち、さらに「殊更恨めしき。あだし男を取って行かん」とするのですが、そこで安倍晴明が召喚した三十番神に責められ、神通力を失って逃げて行きます。しかし「時節と待つべしと。まづこの度は帰るべし」と言って消えて行く。また次もありそうなことを謡っているわけで、最後まで空恐ろしい雰囲気のまま、終わるのです。

 面白かったですね~。ワキが下掛宝生流、小鼓と太鼓が観世流と、関西ではあまり見れない組み合わせで、若手能ならではだと思います。安倍晴明の祈祷の場面で「御幣もざざめき」という謡がありますが、そこでワキの梅村昌功師が幕に向かって手に持った御幣を振ったのは、ん?なんか意味が違うような?と思いましたが、手に持った御幣が勝手に震えたという意味なのでしょうか。

 鳥山直也師は「ヤァー、ハァー」と小鼓にしては堅い感じの掛け声。床几から降りた時に笛の方を向くのは観世流ならでは。小鼓は普通、大鼓の方を向きますから、大鼓の山本哲也師はご自身の日記「何だか嫌われたようで…」と書いてらっしゃいます(笑)


 ところで、狂言では特に役名のない人物についてその役者の名前をそのまま呼ぶことがあります。今回の『鎌腹』の場合はアド仲裁人。そしてシテの小笠原匡師が連呼された名前は「ひでかず殿」。…山本豪一師って「ひでかず」とお読みするんですね。今まで分からなかったので「ごういち」だとばかり思い込んでましたたらーっ 正しい読み方が分かって良かったです。

 そういや、薩摩藩主の島津家に重豪(しげひで)って殿様もいましたし、「豪」は「ひで」と読むんですよね~。

 あと、休憩時間に知り合いにお会いしたので会釈したんですが、会釈だけだったのは、その方がお手洗いの大行列に並んでいたから(笑) 大槻能楽堂のトイレは地下にありますが、そこからずらーっと階段を越えて1階のロビーまで並んでました。凄まじいですね、女子トイレ。私は男ですなので直接は関係ないですけれど、もうちょっと何とかならないものかなぁ。通路が歩きにくくてふぅ~ん

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柏木ゆげひ

大学の部活動で能&狂言に出会ってから虜→現在は会社員しながら能楽研究の勉強中。元が歴史ファンのため、能楽史が特に好物です。3ヶ月に1回「能のことばを読んでみる会」開催中。能楽以外では日本史、古典文学などを好みます。

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