2005年7月3日(日)13時開演 於:山本能楽堂
<12時15分~ 研究会>
★観世流舞囃子『敦盛』
シテ=山下麻乃 地頭=松浦信夫
笛=野口亮 小鼓=久田陽春子 大鼓=森山泰幸
★観世流舞囃子『百万』
シテ=高橋京子 地頭=今村宮子
笛=野口亮 小鼓=高橋奈王子 大鼓=大倉慶乃助 太鼓=三島卓
<13時~ 定期能>
★観世流能『花筐』
前シテ(照日の前)/後シテ(前同人・物狂)=山本章弘
ツレ(照日の前の侍女)=今村一夫
子方(継体天皇)=成田ひかり
ワキ(官人)=福王知登
ワキツレ(大迹部皇子の従者)=永留浩史
ワキツレ(輿舁)=広谷和夫・指吸亮佑
地頭=山本順之
笛=鹿取希世 小鼓=久田舜一郎 大鼓=守家由訓
★和泉流狂言『子盗人』
シテ(博奕打)=小笠原匡
アド(乳母)=中本義幸
アド(有徳人)=山本豪一
★観世流能『融-舞返』
前シテ(汐汲みの老人)/後シテ(源融の霊)=松浦信一郎
ワキ(旅僧)=広谷和夫
アイ(都の者)=小笠原匡
地頭=波多野晋
笛=左鴻雅義 小鼓=清水晧祐 大鼓=山本哲也 太鼓=三島元太郎
かなり空いてました(笑) シテを勤めるのも実力派だと思うんですが…大阪の能ならこんなものでしょうか。しかし、山本能楽堂2階見所に抹茶席を作ったのは風流で良いんですけど、公演中に休憩時間が10分しかないので、狂言の上演中に飲みに行く人が多くて…狂言もしっかり観たい私にはちょっとひっかかるものがあります。
★観世流能『花筐』
越前に住む照日の前のもとへ、大迹部皇子の使者が来て、皇子の文と花籠を届ける。皇子は皇位の継承者と決まり、都へ向かったのである。即位をして継体天皇となった皇子は、大和の玉穂宮を皇居と定め、警護の官人たちに守られて紅葉の御遊にでかける。その道筋に、侍女に花籠を持たせた狂女が来るので、見苦しいといって官人が花籠を打ち落とすと、狂女はこれは皇子の形見だと言って敬い、越前での皇子の日常を物語って懐かしむ。狂女はさらに漢の武帝と李夫人の細やかな情愛を描いた舞を舞ってみせる。やがて天皇は狂女が照日の前であると気付き、彼女を伴って皇居に戻るのだった。
越前から大和に入って皇位を継いだとされる、継体天皇にまつわる能です。もっとも主役である「照日の前」にあたる女性は『古事記』や『日本書紀』には見当たらないので、能で創作された人物かと思いますが、継体天皇には越前での恋人はいたでしょうし、中には天皇を追って大和までやってきた女性がいないとも限りません。とにかく、古代の歴史ロマンを感じさせて、大好きな能です。
感想としては、やはり今回も面白かったです。随分テンポが早い感じもしましたが、ドラマチックな狂女ものの曲ですし。
それにしても、今回は間狂言なしで演じられていましたが、「そもそも我が君、継体天皇を申す御方は…」云々と、この能の間語りを聞いた覚えがある気がするのです。何かの小書がついたら、間狂言が入ったりするのでしょうか? うーん。
★和泉流狂言『子盗人』
博奕に負けて一文無しになった男がある有徳人の家に盗みに入り、いろいろ物色していますと、小袖を見つけて取ると、その下に赤子が寝かされているのに気付きます。赤子が笑い掛けるので思わず抱き上げ、いろいろとあやしていると、乳母がその音に気付き、有徳人を呼び出します。有徳人が太刀を振りかざして迫ると、博奕打は赤子を楯にしてかわし、赤子を置いて逃げていきます。後に残った乳母は危ういところを助かった赤子の長命を祝福するのでした。
初めて見る狂言。しかも関西では珍しい和泉流で。赤子は人形なのですが、その赤子に対して博奕打が「おじじゃぞよ」「さてもさてもいたいけな」と懸命にあやす仕草を見ていると、本当に可愛らしい赤子に思えてくるから不思議です。さすが小笠原匡師。
そのうち、「ひょろろん、ひょろろん、れろれろれろや♪」と調子に乗ってあやす部分から、太刀を持った有徳人が駆け込んでくる箇所は、一気に舞台全体に緊張が走ります。咄嗟に「それがしが斬られれば、この子も斬れる」と楯にする博奕打に対して、「子も斬るまで」と有徳人が凄むものですから、一時ひやりとするのですが、博奕打は上手く太刀をよけて、赤子をきちんと寝かした上で逃げて行きます。結局、博奕打もあまり悪い人間じゃないんだな~と感じます。
だいたい最初に小袖に目を付けるのも、「女どもの衣類までも打ち込んで、いとう不機嫌じゃほどに、女どもへの土産にしよう」という理由ですし…。博奕の負けがこんで、切羽詰らなければ盗みに入るような人物ではなさそうです。それでも博奕が止められないあたりが人間なのかもしれませんけど(^^;)
★観世流能『融-舞返』
旅僧が都に着き河原院の旧跡を訪れると、汐汲みの老人が現れる。ここは左大臣源融の邸跡で、融は奥州塩竃の浦の眺望をしのんで、難波浦(大阪湾)から邸内の池に海水を運ばせ、塩を焼かせて楽しんだと物語り、懐旧の思いにふける。また老人は、僧の求めに応じて京の山々を指差して教えて打ち興じていたが、ふと思い出して桶で塩を汲むうちに、塩曇りで見えなくなった。(中入)
僧が待っていると、夜半過ぎに源融の霊が昔の姿で現れ、楽しげに舞を舞い、月の景色を愛でている内に明け方となり、融の姿は月の世界に向かうかのように消え去るのだった。
私『融』って能は、正直苦手だったんです。大鼓でお稽古を受けたこともあるのですが、貴族的な趣味がよく分からないというか…今までに眠らずに全部見たことがなかったからかもしれません。でも、今回の『融』を見て、昔を思い返してひたすら舞うのが楽しい、という曲なのかな、と感じました。雰囲気の世界なのかなと。
「舞返」の小書は、前半の展開も早く成りますし、後半の舞が通常の舞が終わったら、扇を閉じてもう一度テンポの違う(急之舞ぐらい早い!)舞を舞い直すもので、見た目に分かりやすい変化があったので、楽しめました。
…実は松浦信一郎師の『融-舞返』を見るのは2度目です。なんだか、松浦信一郎師には『融』というか、早舞の曲が似合う…気がします。単なるイメージですが。
こんにちは。
能楽堂ではご挨拶できなくて、スミマセンでした。
はい、私も観ました。
今日の花筐・・・見るのは二回目です。
二回目のほうが断然ストーリーを理解できました。
(最後は幸せそうだったし・・・。)
面白さの入り口が見えました。
(でも、まだ、きっとその程度。)
狂言は見逃しました。
(見たことない狂言だったので見たかったんですが。)
で、融。
私も、正直、本当に苦手で、実は今まで、出来るだけ見ないようにしていたなんて事実があります。
というわけで、不安いっぱいで見ていたんですが、舞の後半なんか盛り上がりすぎて思わず笑ってしまうほど、テンションが高かったですね。
苦手意識のとても高かった能にしてはずいぶん楽しめた能でした。
凸凸が来ているのは気付いてたのですが、
こちらこそ挨拶できなくて申し訳なかったです。
会が終わった後、知り合いとお茶をする約束があったので
さっさと能楽堂を後にしたものですから(^^;)
一度じゃ分からない能でも、2度3度と見ることで分かるように
なることもありますよね。少し面白いと思えたら、次はもっと
面白くなると思いますよ。それが能を見る醍醐味ですもの(笑)
『融』も後半の舞はテンション高かったですよね~。
今度、10月に大西礼久先生による「十三段之舞」という
小書がついた『融』があります。
今回の舞返が五段+三段で八段だったような気がするので、
さらにテンションアップかと思うと楽しみです(笑)