杉浦日向子『一日江戸人』

4101149178 一日江戸人
杉浦日向子
新潮社 2005-03
by G-Tools

 最近読んだ『一日江戸人』という本の「決定版マジナイ集」の章に、江戸っ子のおまじないとして、恋愛関連から「大勢の人のなかでオナラをした人を当てる法」なんて奇妙なものを含めて、いろいろ紹介されているんですが、その中に

(1)近くの畳のヘリからゴミを取り出し
(2)それをツバでぬらしてまるめて
(3)おでこのまんなかにくっつける

というものもありました。これ、どっかで聞いたことがあるなぁ、と心当たりを確認してみたら狂言『痿痢(痿痺、痺とも)』でおなじみ、「足のシビレを取り去る法」なんです。

主 しびり程の事を、ぎょうさんに言う。どれどれ身共がまじないをしてとらしょう。しびり治れ、しびり治れ。
太 これは何で御座る。
主 総じてしびりの呪いには、額へ塵を結べばそのまま治ると言うによって、それ故付けた。
太 いかないかな、私のしびりはつっと困じたしびりで御座って、この様な塵を、馬に五駄や十駄付けたと申して、治るしびりでは御座らぬ。
(茂山千五郎家公式サイトより 狂言『しびり』台本

 狂言『痿痢』に登場する「額へ塵を結ぶ」というのが、江戸っ子たちが本当にやっていたおまじないだったとは驚きです。『一日江戸人』には親切にも「ただし、この法晴れやかなる席にて額にかかるものを付けていること、はなはだ見苦しき也」との注記もありますので、あまり人と会う時などにはしない方が良さそうです(笑)

 この本の著者は去年、惜しまれつつ亡くなられた杉浦日向子さん(1958-2005)です。中高生のころ、毎週木曜日の夜にNHKで放送されていた『コメディお江戸でござる』を家族(特に母と私)でよく見ていたんですが、その番組の最後にあった「おもしろ江戸ばなし」を担当されていたのが杉浦日向子さんでした。江戸の町人を描いた喜劇と、解説がセットというのがポイントだったんですよね~。

 『一日江戸人』は、「大道芸」「江戸の色男」などと章立てて江戸の風俗を紹介。イラストも入って、本文だけでは収まらない情報量が詰め込まれています。デートの際には男の美学として「髷はいつでも『二日前に床屋へ行ったような』状態を保つ」とあるのが笑えますが、そういった”粋”を通じて江戸っ子の価値観などを描いてらっしゃるのでしょうね。

 お金に執着せず、その日暮らしでもあくせくせず楽観的。本当にそうだったのかな?という疑問も感じないわけではないですが、ひとつの理想ではありますね。「江戸見物」の章は、東京の地理に疎い私にはチンプンカンプンでしたけれど(苦笑)

 「相撲」の章には、「ケンカがしたくってスモーに出かける野郎もいました」「『スモー見物に行って五体満足で帰るくらいだらしのねえ奴ァいねえやッ』なんてえわけのわからないタンカを切って、仲間に青あざや引っかき傷を見せて自慢したんだそうです」なんて記述もあって、今とはだいぶ雰囲気の違う見物風景だったようです。

 前に吉野太夫の演能について書いた時に、見物客の間で死者の出る大喧嘩が起きて女能の禁令が出たと書きましたけれど、相撲もたびたび禁令が出て、今のような形に整備されたのだそうですね…。

 返す返すも杉浦日向子さんの若くしてのご逝去が惜しまれます。

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柏木ゆげひ

大学の部活動で能&狂言に出会ってから虜→現在は会社員しながら能楽研究の勉強中。元が歴史ファンのため、能楽史が特に好物です。3ヶ月に1回「能のことばを読んでみる会」開催中。能楽以外では日本史、古典文学などを好みます。

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7件のフィードバック

  1. 木白山 より:

    杉浦日向子さんは、私も大好きな漫画家の一人!!
    一日江戸人はまだ読んでいませんが、江戸っ子の潔い格好良さに惹かれます(^^)
    「とんでもねぇ野郎」(多分この名前)という漫画の主人公が大好きです!

  2. 木白山さん、コメントありがとうございます!
    杉浦日向子さんって、初めは漫画家として活動されていたんですよねぇ…。
    上に書いた通り、私はNHKの『コメディお江戸でござる』で
    杉浦日向子さんのことを知ったので、画面に表示される肩書きが
    「江戸風俗研究家」だったこともあり、"学者"のイメージだったんですよ。
    それが漫画も書いてらっしゃると知った時は驚きました。
    『一日江戸人』は軽いエッセイ風教養書って感じでしょうか。
    杉浦日向子さんの著作で初めて読んだものです。
    『とんでもねえ野郎』、探してみますね(^^)

  3. 橘みかん より:

    こんばんは。拙ブログ(旅は道連れ 気まま日記)へのTBとコメントをありがとうございました。
    『お江戸でござる』は、大好きでした。お芝居の方は見損ねても、その後の杉浦日向子さんの解説だけは、根性で見ていました(笑)。私も、お勧めの本を一つご紹介しますね。『対談 杉浦日向子の江戸塾』(PHP研究所)です。他の作家さんたちとの対談集ですが、これも面白いですよ。
    こちらのブログは、私の趣味にピッタリ合いそうな記事が満載で、大喜びしているところです。これから、ゆっくり読ませていただきますね!

  4. 橘みかんさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
    私も『コメディお江戸でござる』は、つい開始時間を忘れて
    お芝居は途中から見ても、最後まではしっかり見るということを
    繰り返してました(笑) 『対談 杉浦日向子の江戸塾』の紹介も
    ありがとうございます!
    しかし、当然なんですけれど、杉浦日向子さんの著書は
    江戸・江戸なので、関西人の私には似たような上方バージョンを
    書かれる方はいないのか、ちょっと探したくなります(笑)
    「大喜び」ですか!ありがとうございます。
    これから、良ければまたいらして下さい。

  5. 花兎 より:

    杉浦日向子さん、大好きです。
    『お江戸でござる』での着物姿、なんとも自然で、すてきでしたね。
    木白山さんオススメの『とんでもねえ野郎』、私も推薦します。
    けど、あの主人公…あの人が夫だと、毎日が、大変そうなような、楽しそうなような…

  6. 花兎さん、こんばんは。
    普段から着物のことが多かったということですが、
    東京日本橋の着物店のお孫さんだったらしいですね。
    『とんでもねえ野郎』の主人公…、タイトル通り
    とんでもねえ野郎なんでしょうね(笑) 楽しみになってきました。
    今、読む本がたまっているので
    とりあえず読み終えたら探してみます。
    本って次から次に読みたいものが増えますよね。

  7. 105円の本達:杉浦日向子「4時のオヤツ」

    江戸をテーマにした漫画で鮮烈なデビューを飾った杉浦日向子。40歳を越えて、突然