花よりも花の如く(4) 成田美名子 白泉社 2006-04-05 by G-Tools |
さて成田美名子さんの能楽師コミック『花よりも花の如く』の最新刊をやっと読むことができました。宅配便の配達員さんとのすれ違いは実に3回。4度目にして、やっと手に入りました。ハンコ押した時に、えらくホッとされた顔をしてはった気がするのは、私の思いこみでしょうか?(笑)
落語の『淀五郎』は「由良之助ぇ、待ちかねたぁ! ホンマに待ちかねた三日目でございます」(先代三代目林家染丸さんのCDによる)という言葉で終わりますが、私は4度目(笑) 最初の配達から1週間ほど経ってましたから、淀五郎以上に待ちかねてました(←すっかり落語好き)
能楽師を主人公にしながらも、彼らの日々の様子を描きながら(もちろん能楽師ですから能から離れるわけはないのです)、でも狭いものに捕われず、普遍的な問題を描いてらっしゃるんですよね。
特に左右先生(←もうそう呼んでしまう)の『恋重荷』には、マンガなのに、良い能を見た時に感じる不思議な感覚を感じてしまいました。
私、『恋重荷』って好きなんです。他に『通小町』や『錦木』といったような、男の執念を描いた曲って好き。どの曲でも最後には許したり、成仏したりしますけれど、どの曲にも鬼の類になった男が女性に恨みを見せるって箇所があります。私がこれらの曲を好きなのは、その女性に恨みを見せる男を自分に置き変えて、胸をすっとさせるといったような、そんな”昏い楽しみ方”をしている部分が多分にあるんですよね。
でも、楽の言葉に「シテにとっては、ストーカーでも本当の守り神でも同じ愛情表現だけど、ツレにとっては大きく違いますよね。女御のことを考えてあげたのかなと…」とあったのが印象的。好きは好きでも、自分勝手な思いでは通じるわけがないんですよね。それは自分の理想を相手に押し付けているだけなのですから。
左右先生が仰る(←思わず敬語を使ってしまう)「応えられるはずのない思いをうちあけたシテもシテだと思うんだがな」という言葉が効いてきました。私など必死になればなるほど、自分しか見えなくなるタイプので、ちょっとハッとさせられたのです。
ところで『花よりも~』に登場するシテ方集団・創風会はどうやら観世流のようです(まあ、銕仙会に取材してますしね)。残念ながら観世流にはないのですが、宝生・金剛・喜多各流には『恋重荷』によく似た能として『綾鼓』という曲があります。
私は三島由紀夫原作の「近代能楽集」で見たことがあるのみで、能では見たことがありませんが、あらすじでいうと『恋重荷』とほぼ同じ。キーアイテムが重荷ではなく、鳴らない綾の鼓であることと、そして老人の亡霊が最後まで女御を許さずに終わるという点が大きく異なります。『恋重荷』は世阿弥作の能ですが、世阿弥の著書『三道』に『綾鼓』とほぼ同じ『綾の太鼓』という曲について書かれているので、『恋重荷』は世阿弥が『綾の太鼓』を改作したものだとも言われています。
そんなわけで『恋重荷』と『綾鼓』のどちらが優れているか、といった議論もあります。正直、『花よりも~』でも「よく許しますよね、このシテは!」というセリフがあるように、『恋重荷』の結末は不自然だ、だから劣っているということを仰る人もいます(私が読んだものでは杉本苑子『能の女たち』など)が、私はこのマンガを読んで、『恋重荷』にはいろいろな解釈を可能にする深みを感じました。
まあ、『綾鼓』の能を見たことがないので、決め付けることは避けます。ついでにいうと、能って作品自体の良し悪し以外に演者の力量にも左右されますしねぇ(笑)
ところで作中の『恋重荷』の終演後、感動して入門宣言をする直角くん。良いですね、このセリフ。私が言いたい(笑) 同時にナイスキャラな彼が少し羨ましい。私ってこういう勢いがないです。好きなことややりたいことがあっても、変に遠慮して、結局何もできないタイプです。
先日、国立文楽劇場に行った際、資料室で伝統芸能の本に囲まれて幸せを感じながらも、ふと今の自分に対して「自分が望む方向へ進む努力をしていないんじゃないか」と感じて落ち込んでもいましたので。少なくとも、今の結果に至るまでに最大限の努力をしたのか、と自問しても全然肯定できない。
『花よりも花の如く』4巻を読み終えた時、やっぱりもっと能や狂言がやりたい…と思いなんだか切ない気分になりました。そのためには何をするべきか。具体的な行動を考えていかなければ、また後悔しますね。よし決めた。
■関連記事
→みゆみゆの徒然日記:『花よりも花の如く(4)』
→のぅライン:花よりも花の如く/実家能公演計画?
→みみずく山房:花よりも花の如く
→くりおね あくえりあむ:COMIC 「花よりも花の如く」第四巻 成田美名子
トラックバック有りがとうございます。
正直、花よりも~1から3巻は私の中で鼻の着く部分というかそういうのがあったのです。
登場人物の皆が皆まっすぐ過ぎて、綺麗ごと言い立ててる気がしていたんですよね。
4巻もわからない部分はあるけれど、ああ。いい漫画だなぁと思わせられました。
そして、無性に恋の重荷が観てみたくなりました。
自分がどのような見方ができるのか。
楽しみです。
そして、なによりゆげひさんの中で何かがはじけたようでおめでとうございます!
人生一度きりですし、好きな事しないと損ですね。
私もこれからどうしようか、決めないといけません。
無事に届いてよかったですね。
私はまだ『恋重荷』を見たことがないので、見てみたいと思いました。
直角くん、楽ちゃんの今後が楽しみな展開になってきました。
そして、柏木さんの今後も?!
-自分が望む方向へ
-そのためには何をするべきか
ゆげひさんでも悩まれるんですね
何年後の自分はどうありたいのか
って 考えてしまうんですよね
能・狂言がとても好きなのですが
趣味として 付き合っていくのか
それとも もう一歩踏み込んで行きたいのか…
もっと若ければ こんなに悩まなかったはず!
★木白山さん
>>登場人物の皆が皆まっすぐ過ぎて、綺麗ごと言い立ててる気が
分かる気もします。私はそこが好きですけれど(笑)
『花よりも…』以外の成田作品もいろいろ読んでますから、
慣れているというもあるんですけれどね。
『恋重荷』は重い曲ですから、そう頻繁には出ませんけれど
良い曲ですので是非ご覧になって下さいね。
私も、あまり良い体調の時に見たことがないので
また見たいものです。
>>なによりゆげひさんの中で何かがはじけたようでおめでとうございます!
なんか、きちんとしたいことしないと、後悔するなぁと
感じてしまったので。今すぐでなくとも、できるように
準備していきたいな、と感じたわけです…。
まあ、まだまだ、これからどうなるかは分からないでしょうが、
自分で逃げ道を作って行くような生き方だけはしたくないな、と。
年々時間が過ぎるのが早くなっていく気もしますし(笑)
★みゆみゆさん
本当に待ちかねました(笑)
やっと手に入って嬉しさも数倍された気もします。
そして『恋重荷』は是非一度ご覧になってください。
直角くん、楽ちゃんの今後…気になりますよね~。
なんか要領の良い直角くんは、羨ましく感じながらも
ちょっと悔しい気もするので、特に楽を応援したい(笑)
私の今後は…とりあえず稽古頑張ることですね。
今月はもう残りの稽古に行けそうにないので
…まずそこの改善から(笑)
★はやなりさん
>>ゆげひさんでも悩まれるんですね
「でも」って言われるような人間ではないんです。
結構流れに流される人間ですから。
しかし、それではアカンなぁ、と思うんですね。
能や狂言は大好きですから、素人は素人ですが、
素人としてとことん付き合っていきたいという
思いを持っていますので。
なんか「こんなものかな?」とやっていくのは嫌なのです。
はじめまして。
TBありがとうございました。
「花よりも...」4巻、とてもおもしろい内容だったと思います。
ざーっとですが、1巻から読みなおしてしまいました。
成田作品はエイリアン・サイファ以降久しぶりになるのですが、あいかわらず人物造形や物語世界の描写が素晴らしくてのめりこんでしまいます。
能を実際に見たことはないのですが(正確には中学の時に学校から見に行ったことがあるのですが)、「花よりも...」を読んでいると本物の能の世界にも踏み込まないと、と背中を押されている思いがします。
これからも覗きにきますので、よろしく。
はじめまして。くりおねと申します。
トラックバックをいただき、ありがとうございました。
「恋重荷」はお舞台ではまだ観たことがないのですが、いろいろな見方ができる奥の深そうな曲だと感じました。ぜひ生で観てみたいと思っています。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
★たおさん
私は能ファンの友人から、『花よりも~』の元になった
『NATURAL』の外伝で、成田美名子さんの作品に触れるように
なりました。遡って『NATURAL』→『CIPHER』『ALEXANDRITE』→
『エイリアン通り』まで読みました。
人物造形の巧みさと、物語世界の取材の確かさ&描写が
素晴らしいですよね。能の世界は、書生さんの知り合いが
いますけれど、その方が「実によく調べてるね」と仰ってました。
本物の能も良いものですよ(^^) 『土蜘蛛』など
初めてでも楽しめると思いますので、ぜひぜひ。
★くりおねさん
はじめまして。実は「trackback能・狂言」を通じて、
何度か拝見したことはあったので、今回TBさせていただきました。
『恋重荷』は深い話だと思います。まだ一度しか見たことがないので
また見てみたいと思っている舞台です。
こちらこそ、どうか宜しくお願いいたします。
てっきり、ゆげひさんは、能楽師になる決意をされたんだと思ってました。
★木白山さん
能楽師になる決意…ですか。
まあ、その辺りはちょっといろいろあるんです。
今は「素人として」「素人ならでは」…なんて言ってますけれど
本当は自己欺瞞なのかもしれません。
最近、上方落語の桂米朝さんの本を良く読みますが、
元々落語が大好きで、元は寄席研究家を目指されていたのが
実演家になったとの話です。途中には迷いもあったみたいですが
結果として、人間国宝にまでなられたわけですから、
好きなことは仕事として突き詰めるべきなのかも…と
思いますけれど。
それにしても、一応就職して1ヶ月も経っていないわけで
もう進む道を変える決意をしたわけじゃないんです(笑)
逃げ出したり投げ出すのは嫌いなので。
最近「自分がスタンダードだと思ってはいかん」という風に考えることが多くて、タイムリーな話だな~と思って読みました。自分を持って自分を信じて強く生きていくことと、自分を標準に考えてしまうことは別物なんですよね。自分という器を大きく広くしていくことって、いくつになっても大事なことなんじゃないかと思っています。日々是精進。
私も割と自分勝手な人間なので、もっと周りのことを考えて
行動したいと思っている時期でしたので、いろいろ感じるものも
ありました。
自分という器…大きくしていきたいですねぇ。
今からゆっくりでも大きくなっていけば、
10年後にはマシな人間になれてる気もします…。