能『杜若』の魅力

 さて16日は初めての日曜日の休みでした。当然のように大槻能楽堂へ通う私。今回はネットで知りあった方からご好意でチケットを1枚譲っていただいての観能です。学生チケットが使えなくなったものの初任給はまだですから、本当に助かりました。ネットをやっていた甲斐もありました(笑)

大槻能楽堂 能の魅力を探るシリーズ『伊勢物語』
◆4月16日(日)14時~ 於・大槻能楽堂(大阪市中央区)
★お話「『杜若』のふしぎ」中西進
★観世流能『杜若-素囃子』
 シテ(杜若の精)=野村四郎
 ワキ(旅の僧侶)=中村彌三郎
 笛=野口亮 小鼓=曽和正博 大鼓=山本哲也 太鼓=上田悟
 地頭=大槻文蔵

 『杜若』は正直、あまり観るのが得意な曲ではありませんでした。私、「この曲はこういう感じ」というイメージを持ってるのが多いんですが、『杜若』のシテって性格が分かりにくいじゃないですか。特にはっきりしたあらすじはありませんし。そこが能らしいともいえるのですが。

 旅の僧侶が出会った里女は、実は在原業平が和歌を詠んだ杜若の精であった…というのは能でよくあるパターンですが、それが業平の冠と、恋人だった二条后・藤原高子の唐衣を着て登場します。女性の姿ですから高子のようであり、でも業平自身であるようであり、さらに業平は歌舞の菩薩だといい、陰陽(つまり男女の中の)神であるといったり…。

 事前にあった中西進博士の話によると、今目に見えることだけで判断する即物的な、ある物を一面的にその物としてしか見ないのは近代西洋的な考え方で、古来の日本では本来もっと多面的な物の見方があったのだ、との話。もっといえば西洋でも前近代ではそんなに一面的な物の見方は強くはなかったそうです。

 ピカソの、複数の視点を持つ絵などは、一面的な物の見方への反抗として描かれたものだなんて話が印象的でしたが、『杜若』のシテも里女→杜若の精→高子→業平→菩薩→神と次々に変化していく、同時に前のイメージを引きずって重なって行く、そんなところがポイントなんだ、という話でした。

 何度も登場するら衣。つつ慣れにし。ましあれば。る遥来ぬる。びをしぞ思ふ」の和歌。これは「かきつばた」のそれぞれの文字を詠み込んだ和歌として有名ですが、シテが高子の唐衣を着て登場することで、『伊勢物語』では別々の段であるこの和歌の世界と業平・高子の恋が繋がり、旅は男女の距離を暗示する言葉になったりする。…ああ奥深いです(←深いの大好き)。また『杜若』の詞章をゆっくり読み込みたいと思います。

 舞台は久しぶりに拝見した野村四郎師のシテでしたが、透明感があって本当に良かったです! 特にクセの一つ目のアゲハ謡の後、シテが橋掛りに進んで「三河の国に着きしかば。此処ぞ名にある八橋の。沢辺に匂ふ杜若」と下の方を見込んだ時、先月に見た三河八橋の風景と花が咲いていた時の写真、そして昨日読んだばかりの『花よりも花の如く』に描かれていた京都・大田神社の杜若の姿などが重なり合って、パァっと辺りに広がるのを感じました。錯覚といえばそれまでですが、能を見る醍醐味だと思います。

 舞に入る直前、「かやうに申す物語疑はせ給ふな旅人遥々来ぬる唐衣。着つつや舞を奏づらん」とまたあの和歌に帰ってくるのも最高ですね! …『杜若』ってお稽古を受けたことのある曲なんですけれど、私、全然良さを分かってなかったなぁ、と。もちろん、「素囃子」なんていう、昔は一子相伝・宗家のみが務めた小書を演られるメンバーですから、一素人と力量が桁違いなのは当然なんですが…『杜若』の素晴らしさを感じた舞台でした。

 チケットを譲っていただいた方には、重ねて御礼申し上げます。


 昨日書いた『花よりも花の如く』ですが、後半に収録されている「天気晴朗なれど波高し」では、憲人さんが『杜若』を舞います。メインは兄弟弟子となった楽と直角くんの人間模様ですが、『杜若』談義も良いですよね。直角くんのセリフ「多くの女性との交際は女性を救うためさ!なんて言ってみたいなぁ」&成田さんの注「※『杜若』ホントにこんなこと言ってます」というのがお気に入り。クセにある「契りし人々の数々に。名を変へ品を変へて。人待つ女…仮に現れ衆生済度の我ぞと知るや否や世の人の」という部分でしょうか。

 上で少し描きましたけれど、憲人さんが能『杜若』を舞うにあたって京都・大田神社へ杜若を見に行くシーンがあるんですが、私も行きたくなりました。三河八橋にも行きましたが、季節が季節だったので全然咲いてなかったんですもん(笑) 五月下旬が見どころということですので、絶対行くべし!

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柏木ゆげひ

大学の部活動で能&狂言に出会ってから虜→現在は会社員しながら能楽研究の勉強中。元が歴史ファンのため、能楽史が特に好物です。3ヶ月に1回「能のことばを読んでみる会」開催中。能楽以外では日本史、古典文学などを好みます。

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5件のフィードバック

  1. 木白山 より:

    杜若、五月下旬が見どころですかぁ;
    GWじゃダメ?(笑)
    関西いいですね。
    関西に住みたくなってきました。

  2. Santal より:

    こんばんは、ゆげひさん!「杜若」いいですね。
    記事拝見して、観たくなりました。
    こちら(関東)でも、どなたか舞台やらないでしょうか。
    「杜若」は、能らしい能という印象があります。
    そこはかとなく幽玄(?)で上品・・・。
    最近は、いいシテの演技に出会うと、これはこういう話だったかと、改めて発見することがあります。
    まあ、いくつになっても発見はあるわけで、学生の時(すごく昔)は一体どこ見てたんだい、って反省してます。
    ゆげひさんは、これからの人ですから、社会人になっても、ぜひお能続けてくださいね。何をどう続けるかは悩みどころかもしれませんけど。(余計なお世話でした。苦笑)
    また、遊びに来ます。

  3. 昨日にお返事書いていたら、途中で眠くなったので
    諦めたんですけれど…その際、保存するの忘れたらしいです(苦笑)
    ああ、書き直し。
    ★木白山さん
    私がちょっと確かめた大田神社の見ごろは「五月下旬」とありました。
    …が、実際確かめているわけではないので、どなたか
    ご存知の方がいらっしゃったら、情報いただければ嬉しいです~。
    でも、関東の方にも杜若の名所ってないものでしょうか?
    ところで、GWじゃダメ?って仰るのは、GWはこちらに
    いらっしゃる予定など、お有りなんでしょうか?
    ★Santalさん
    こんばんは!
    メジャーな曲ですから(観世流では「恋之舞」が特に)
    公演を見つけることはそう難しいことはないと思いますよ(^^)
    特に日本で最も能楽の公演の多い関東でしたら。
    能ってその曲自体の魅力も確かに存在しますけれど、
    演者の演技力によって、曲の魅力がより引き出されますよね。
    この時見た『杜若』は、まさにそういう舞台だったと思います。
    今見てるのと、何年か経って見るのとでは多分感じ方が
    また違うんでしょうね。能や狂言を見たり、習ったりのことは
    これからも続けたいのですが…今日は定時後、3時間ぐらい
    上司に説経食らってました(^^;)
    こんなのが度々じゃ困るんですけれどねぇ、全く…。

  4. 木白山 より:

    GWに奈良へ當麻寺観にいきまーす♪(死者の書繋がりですっ。)
    夜行バスでずんどこ(笑)
    ゆげひさんのオススメなお寺などありましたら、教えて頂きたいです!

  5. 當麻寺ですか~。私、行ったことはないのですが、
    一人暮らしになって、近くなったので私も行ってみたいです。
    奈良県では、なんといっても桜井の大神神社がオススメですよ!
    http://blog.funabenkei.daa.jp/?eid=348688
    私が行った時の記事ですが、
    南北に走る古道「山辺の道」も良いですよ~。
    ハイキングコースとなっています。