今日はちょっとしたチャンスがあって、大鼓を打ちまくらせてもらいました。私は、稽古では合成の皮を、本番の舞台では「東京皮」と呼ばれる薄い皮を使わせていただくのが普通なのですが、今回使わせていただいたのは「奈良皮」という皮。
「東京皮」と「奈良皮」に関しては、大鼓方葛野流の亀井忠雄師が本に書かれているので引用してみると
亀井 大倉正之助が素手で打ってるけれども、それでも東京皮の薄いのを使わなければだめだろうね。奈良皮では素手では鳴らないだろ。
山中 「東京皮」「奈良皮」というんですか?
亀井 そう。東京で作るから「東京皮」、奈良で作るから「奈良皮」。能楽師は奈良皮しか使わなかったんだ。私は今でも奈良皮を買うけどね。三年間くらい干しておかなければならない、風にあててね。(中略)
土屋 長唄の囃子は東京皮を使うんですか?
亀井 そうですね。今は東京皮を使っている能楽師もいるんですよ。
山中 東京皮は薄いんですか?
亀井 どういう作りなのかはわからないけれど、薄いんです。(中略)
だけど、楽器なんだから鳴らないよりも鳴ったほうがいいに決まっているだろ。だからしようがないから東京皮も使うんだ。だって鳴らないんだもの、奈良の皮。「鳴らん皮」だね(笑)
(『能楽囃子方五十年 亀井忠雄聞き書き』p135-137より
亀井忠雄・土屋恵一郎・山中玲子、2003年、岩波書店)
合成皮って割と簡単に鳴るんですよ。東京皮も。でも、奈良皮だと稽古と同じつもりで軽く打っても全っ然鳴らない…。だからといっても力んでは強くはならず、打ち方のフォームや力の伝わり具合など、総合的に「強く」打たねば鳴らないのです。自分としては懸命に打ったつもりだったんですが、全然ダメ。もう5年ぐらい稽古続けているのだし、上手くはなくとも「それなり」には打てるつもりだったのが、身の程を思い知らされました。
それでも打たせていただきましたが、後半は手が腫れて痛く、ますます打ち込みが弱くなるばかりで、少々悔しく。実は未だに手が腫れていて(19日10時現在)、日常生活には困りませんが、握りこぶし作ったりすると少し痛い(^^;)
しかし、同時に楽しかったです。謡や小鼓をいろんな流派で合わせることができましたし。何よりもこうして大鼓を打てるのが楽しい。時にはプロの能楽師にきっちりとお相手していただける素人会にも出演したいものですが、もっと気楽に数ヶ月に一度ぐらい小鼓や太鼓、笛を習っている人間が数人集まって、交代で地謡を謡ったりして楽しめたら良いんですけどね(^^)
今日も、私が観世流で『経正』や『船弁慶』のキリを謡って、他の方が打つというのもさせていただきましたが、これも楽しい~。ただ、謡がヘボいので『経正』は何度か詰まりましたが(汗) 過去、何度も謡っているのに…謡の自主練習もしよう…。
それにしても、小鼓の流派違いにはびっくりです。私の習っている大鼓大倉流には小鼓大倉流がやっぱり一番良く合います。アシライ鼓といって、大倉流大鼓は大倉流小鼓の相手をするために作られた部分が多いので、当然と言えば当然なんですが。それが違う流派の小鼓だと全然合ってないのを無理に打つ箇所も多く戸惑ってしまいました(^^;)
とにかく大鼓の楽しさを改めて、見つめ直せた一日でした。ああ楽しかった(^^)
お久しぶりです。
革の種類、面白いですね。
ところで何故「東京」なんでしょうね?(「江戸」ではなく?)
区別が出来たのが比較的新しいということかな。
>もっと気楽に数ヶ月に一度ぐらい小鼓や太鼓、笛を習っている人間が数人集まって、交代で地謡を謡ったりして楽しめたら良いんですけどね
バンドのノリですか。
お素人会でもバックはプロが固めて、というのは能だけですよねえ、きっと。
初めて知った時はびっくりしたものです。
それが気持ちいいのでしょうけどね。
大鼓の面白い話、ありがとうございました。
挿頭花さん、こんにちは。
能や狂言が600年続いているといっても、使われている
用語などはそんなに古いものばかりではないですよね。
伝統、と思われていても、実際には明治時代から、とか
実は数十年だけの話、といったものも多いですもの。
「東京皮」「奈良皮」の区別はともかく、
名称は新しいのでしょうね。
周囲をプロが固めてお相手していただくのも嬉しいですし、
もし自分が失敗しても、周りがなんとかして下さるので、
安心なんですけど、出演に数十万円かかったりと、気楽に打つ、
のとは程遠いですよね。
でも、やはり打てるようになったら、打ちたいのは
自然の心の動きですし、周りも間違うかもしれないから、
何が起こっても対処できる心積もり、というのは師匠が
よく仰ることですし、そういった緊張感は大好きなんですよね。
夏目漱石の文章に、高浜虚子の鼓(大鼓?)に
漱石が下掛り宝生流で、『羽衣』のクセを謡うって話があった
覚えがありますけど、そんなように気楽に能を楽しめたらなぁ、と。
楽しむってのは、稽古を受けている者にとっては
見るだけじゃないと思うのです。
大鼓を素手で打つ、これは大倉さんが初めてではなく、明治時代以前は、多くの大鼓方は素手で打っていたそうです。
この話は、私の師匠である葛野流家元預かりであった故瀬尾乃武さんから、稽古の合間に聞いたことがあります。
瀬尾先生も、若いときは素手で打っていて、能1番を打つと指に血がにじんできて、皮に血がついたそうです。
こういう話は、そういう時代に活動した人から直接聞かなければ、実感しません。瀬尾先生はまた、今の大鼓方は、変わってしまった、ともおっしゃっていました。
私は35年近く大鼓を打っていても、たかだかアマチュアですから、瀬尾先生から買うのはもったいないから私の使った皮で十分、といって先生のお古をずいぶん頂きました。
邯鄲の夢さん、はじめまして。こんばんは。
素手打ちの話というよりも、皮の話なんですけれどね。
私は皮のことは何も知らないので、亀井忠雄先生の本を
少し引用させていただきました。
明治といわず、今生きていらっしゃる先生でも、
若いころは素手で打たれたという話をお聞きしたことがあります。