音阿弥の演能記録もある観世座ゆかりの曲
本日、京都の浄土宗総本山・清浄華院で、ゆかりの能《泣不動》が復曲上演されましたので、拝見して参りました。経緯などは『スポーツニッポン』の今日の記事に詳しく載っています。
書いてある通り、《泣不動》は、病を患った師を助けるため自分の命を差し出す僧侶に、不動明王が涙を流して感動し身代わりになる物語。
本来、三井寺の常住院という場所の話ですが、いつのころから清浄華院にその泣不動とされる絵仏が伝えられていました。
昨年の4月1日に素謡で復曲された際の謡本は持っているのですが、そこには復曲された青木道喜師が
本作を能として演じるとなると、今回のようなそのままの復曲では苦しい部分があることは否めない…後シテも矜羯羅童子だけでは一観客として物足りなく、やはりなんとか、泣不動明王が現出する演出・脚本が欲しい
《泣不動》謡本
と書いてらっしゃいます。
そんなわけで、改訂が加えられた上での上演でした。前シテの語りの追加と、本来の後シテ「矜羯羅童子」(不動明王の脇侍)を後ツレにして、別に後シテ不動明王が登場する形となっていました。
細かいところでは、キリの最後がげに清浄の、華も開くなる、誓ひぞ尊かりけると改訂されていたのは、泣不動絵の現所有者である清浄華院を意識したものでしょうk。
前シテが中入する前、不動明王の化身と明かす時に、中啓を上向きに持って剣に見立てた瞬間、左手に持つ数珠も索になって「あ、不動明王だ…!」とワクワクしました。但し、ここは改訂された部分です。
私は全く知りませんでしたが、能《泣不動》の題材たる伝承は中世には割と有名で、清浄華院は泣不動の寺であると喧伝されるほどだったとのことです。重要文化財『泣不動縁起』絵巻も存在するとか。絵巻には安倍晴明も出てきますが、能ではカットされてます。
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