狂言『狸腹鼓』の予習

 さて、狂言方大蔵流茂山千五郎家の若手6人による「TOPPA!FINAL STAGE」の京都公演が明日からです。私は「TOPPA!」を見に行くこと自体が初めてですが、今回の目玉はなんといっても茂山千三郎師の『狸腹鼓』披き(初演)です。

 そんなわけで、『野村万蔵著作集』で『狸腹鼓』に関する文章を読んだり、年始に放送されていた茂山千五郎師の『狸腹鼓』の録画、さらに去年、大蔵宗家版の『狸腹鼓』を披かれた善竹忠一郎師の新聞インタビューなどを読んで、簡単に『狸腹鼓』に対する予習をしてみました。

狸腹鼓(たぬきのはらつづみ) 大蔵・和泉
分類:女狂言
人物:
シテ(前)・尼[花帽子尼モギドウ着流出立]
シテ(後)・狸[狸もんぱ出立]
アド・喜惣太[侍烏帽子掛素袍括袴出立]
囃子(笛・小鼓・大鼓・太鼓)
鑑賞:
 現在大蔵流で極重習、和泉流は一子相伝。現行曲中最も重い位の曲として扱われるが、両流とも派や家によって台本に異動があり、演出も江戸後期に復活されたものと推定されている。一八五二年(嘉衛五)彦根藩主井伊直弼が復曲した俗称《彦根狸》が茂山千五郎家に伝わり、明治以降の上演はほとんどこの《彦根狸》なので、前掲の役名、装束付はこれに基づいた。
 両流各派に共通の梗概を述べると、狸取りを得意とする猟師(茂山家上演台本では〈喜惣太〉の役名)のところに女狸が尼に化けて現れ、殺生をやめるように意見する。猟師はいったんだまされるが、狸と知って弓矢で狙いをつける。尼が命乞いをするので、猟師は腹鼓を打つところを見せれば助けようと答える。尼は早変わりで狸の正体を現し、腹鼓を打って猟師とともに興ずる。
 シテは下に狸の装束を着込み、その上に尼の扮装をしていて、一瞬のうち(茂山家演出では宙返りをすると同時)に尼の扮装を脱ぎ捨て狸の正体を現す。(以下略)
『能・狂言事典』p197-198より)

 『狸腹鼓』は狂言の最高秘曲ですから、江戸時代には家元しか演じることが許されない建前になっていたようです。しかし、「殿のご所望」などによって、実際には弟子家でも演じられることがあったようで、しかし、遠慮して一部を変えたりして演じたのですね。その影響で各家によってかなり異動があるようです。

 善竹忠一郎師が去年演じられた『狸腹鼓』は、大蔵宗家に伝わった伝書から亡くなられた大蔵弥右衛門師が復曲したものだそうで、「彦根狸」と比べると『釣狐』の焼き直しのような、語り聞かせる部分がもっとシンプルだった気がします。

 野村万蔵家に伝わる『狸腹鼓』は通称「加賀狸」といって、藁屋の門や柴垣・紅白の菊・薄などの作りものが出て能の『小督』にも似た舞台が設えられるそうです。尼姿から狸への早変わりが見せ場のひとつですが、万蔵家では尼の面は使わず、狸の面しか使わないとか。

 うーん、『狸腹鼓』トリビアの世界(笑) 細かい話かもしれませんが、いろいろ違うんだな~と感じてます。今回、茂山千三郎師が演じられるのは、もちろん「彦根狸」なわけですけれど、楽しみですラッキー

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柏木ゆげひ

大学の部活動で能&狂言に出会ってから虜→現在は会社員しながら能楽研究の勉強中。元が歴史ファンのため、能楽史が特に好物です。3ヶ月に1回「能のことばを読んでみる会」開催中。能楽以外では日本史、古典文学などを好みます。

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6件のフィードバック

  1. peacemam より:

    『狸腹鼓』という狂言さえ知りませんでした(^-^;あまり出ない曲なんですね。でもちょっとずつ違っていったのが「一子相伝なのに殿のご所望などで」っていうのがなんだか人間臭くていいですね。

  2. そら より:

    こんばんは。
    私も明日、TOPPA!京都公演を観に参ります。
    『狸腹鼓』をみるのは2回目。前回は2年前の9月、横浜能楽堂のかもんやま能、シテは茂山七五三さんでした。
    前半の語りは難しい仏教の話が出てきたりしますが、化けの皮がはがれてからは、とても可愛らしい狸さんでした。
    明日の千三郎さんの早変わりも楽しみです(^^)
    杉市和さん、吉阪一郎さん、河村大さん、前川光範さんによる狸囃子というのも、とても魅力的です。

  3. 本文、だいぶ加筆しました(笑)
    ★peacemamさん
    『狸腹鼓』はあまり出ない曲でしょうね。一応、「最奥」ということになっていますし。でも、去年から今年にかけて関西では4回演じられているのですけど(笑)
    「一子相伝なのに殿のご所望などで」といえば、『三輪』の「白式神神楽」という小書も。これも確か昔は家元にしか認められなかった小書「誓納」を、京都の公家さんが「観たい」と言ったから工夫されたものだと聞きました。
    ★そらさん
    明日のTOPPA!楽しみですね。本当のFINALですし。
    私も『狸腹鼓』は2回目で、前回は去年10月の大阪能楽会館、「先代三十三回忌 能と囃子の会」、シテは善竹忠一郎師でした。大蔵宗家で復曲されたものなんだそうですが、語りがほとんどなく、『釣狐』と随分雰囲気が違いました。
    腹鼓の箇所の囃子は、狂言版「獅子」だと聞いた気もするんですが…違うような気もするし、よく分かりません(T_T)

  4. peacemam より:

    「三輪」の小書でもそういうのがあるんですか。家元と他家ではどこかが違っているんですね?しかし、ゆげひさんはこういうのに詳しいな~。

  5. そら より:

    かもんやま能では能が『石橋』で、狂言が『狸腹鼓』だったので、どちらも「獅子」のお囃子が演奏されました。
    そういう番組の決め方も面白いですよね。

  6. 柏木ゆげひ より:

    ★peacemamさん
    まあ、今では家元以外でも『三輪』の「誓納」を演じられることはありますけど。
    「白式神神楽」の話は、↓にありますのでどうぞ。
    http://www.arc.ritsumei.ac.jp/k-kanze/zaidan-info/katayama.html
    >>しかし、ゆげひさんはこういうのに詳しいな~。
    トリビアっぽい知識は大好きなので。知り合いの能楽師の先生方も
    私がそういう話を好きなのを知っていて、教えて下さるのです(^^)
    ★そらさん
    「先代三十三回忌 能と囃子の会」でも『石橋』の半能がありました(^^)
    比較として聞いても面白いですね。