先代・山本東次郎師『木六駄』

 地元の図書館で、少しですが能や狂言のビデオがあるのを見つけました。そんなわけで見たビデオの感想。

「NHKビデオ能楽特選~名人の面影 狂言『木六駄』山本東次郎」

★大蔵流狂言『木六駄』(昭和38年)
 シテ(太郎冠者)=山本東次郎 (先代・東次郎則重)
 アド(主)=山本則俊
 アド(茶屋)=山本則寿 (現・東次郎則寿)
 アド(伯父)=高井則安

 蔵書リストには「狂言木六駄 山本東次郎」とか書かれてなかったので、現・東次郎師とばかり思い込んでいました。そのため画面に映った「昭和38年」の文字を見て、思わず「うそ!?」と叫びかけ(笑) 始まると画面は白黒で、再びびっくりしました。調べてみると、先代東次郎師が亡くなったのが昭和39年(1964)らしいので、昭和38年は直前。よくそんなビデオが残っていたものです。

 主が、伯父の家の新築祝いに、木六駄(六頭の牛に載せた木)と酒樽を届けるようにと太郎冠者に命じます。雪の降る中、大変な重労働だからと、太郎冠者は渋りますが、主人が上等な酒をふるまってくれたので引き受けます。最初は酔って上機嫌で六頭の牛を負っているのですが、あまりの寒さに途中で酔いが醒めてしまいます。途中、峠の茶屋で一杯飲んで暖まろうと酒を注文するものの、あいにく酒が品切れ。つい一口と進物の酒樽に手をつけ、茶屋の亭主と飲み交わし酒宴になり、酔った勢いで木六駄を亭主にやってしまいます。そして眠りこけていると、使いが遅いのを案じて茶屋まで来ていた伯父に起こされます。伯父が主人の手紙の内容に相違して木六駄がないことを指摘すると、最近自分は「木六駄」と改名したといって、「御普請のお見舞いにこの木六駄進上候」と言い抜けようとしますが、結局追い込まれるのでした。

 東次郎家の『木六駄』は、他の家とストーリーからしてかなり違うそうです。しかし、私は『木六駄』自体を見るのが初めてなので違いは分かりません。特に笑う部分はありませんが、太郎冠者に生き生きとした庶民の姿が描かれていて、楽しい狂言でした。

 東次郎家の狂言を実際に見たのは一度だけ。映像や音声も久しぶりなので、最初の主の名乗リで独特の発声に少々驚いてしまいました。でも、すぐ違和感が消えていくのは見事です。東次郎家だけあって、店の戸を開ける仕草など細かな動作までが美しいです。重要ではない箇所かもしれませんけれど、そんな何気ないところから気品ある芸が出きていく気がします。しかし、一方で酔いながら牛を追う演技は、驚くほどリアル。牛がたくさんいる様や寒い雪の中であることが重い説得力を持って私に伝わってきました。

 私は映像では、能や狂言ってあまり楽しめない方なのですが、これは楽しめました。ほかの「能楽特選」もあるみたいなので、また観たいと思います。

 ところで、高井則安師という方は先代東次郎師の弟子だそうですが、東次郎家特有の謡っぽい言い方ではなくて、二文字目を吊り上げて言う言い方でした。でも、先代や今の東次郎師との掛け合いは違和感が全然ないのですよね。不思議でしたが、積み重ねでしょうか。

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柏木ゆげひ

大学の部活動で能&狂言に出会ってから虜→現在は会社員しながら能楽研究の勉強中。元が歴史ファンのため、能楽史が特に好物です。3ヶ月に1回「能のことばを読んでみる会」開催中。能楽以外では日本史、古典文学などを好みます。

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4件のフィードバック

  1. さおり より:

    ゆげひさん、こんばんは。
    私もこのビデオを見ましたよ~。
    私は、茂山千五郎家と善竹家の「木六駄」を見てからこのビデオを見たので、ストーリーの違いに驚きました。
    山本家以外の家では、茶屋に着いてから初めてお酒を飲みますし、木六駄と酒樽のほかに、炭六駄も運ぶので牛は十二匹います。伯父さんも迎えに来てはくれません(笑)
    同じ大蔵流なのに、これほど展開に違いがあるのは、この狂言だけではないでしょうか。
    先代東次郎さんの狂言は、このビデオでしか知りませんが、見ていて、その時代(昭和三十年代)にタイムスリップしたような気分になりました。今、私が見ている狂言とは、全然違う感じだったんです。

  2. peacemam より:

    ちょっと、いや、かなり観たいので探してみようと思います。横浜中央図書館あたりに行けばあるかもしれません。三世は名人の誉れ高かったのに早くに亡くなられて惜しまれたと聞いています。映像が残っているのなら是非拝見したいです。

  3. ★さおりさん
    さおりさんもこのビデオ、見てらっしゃったのですか。
    いいビデオですよね。
    他の家の『木六駄』に関しては、『狂言三人三様 野村万作の巻』で
    万作師・萬斎師と、茂山千作師が語ってらっしゃるのを読んだことが
    あるのですが、お酒を飲むのは茶屋、と思っていたので、最初から
    酔ってる先代東次郎師に少々びっくりはしていました(笑)
    他の家の『木六駄』も見てみたいものです。
    ただ、ますます「大蔵流」という狂言の流派が分からないです(笑)
    私も今見ている狂言とは、全然違う感じがします。
    昔の能や狂言の映像なども探して見て行きたいですね。
    ★peacemanさん
    先代の三世山本東次郎師は、『能・狂言事典』によると、
    明治31年(1898)9月26日-昭和39年(1964)7月26日とありますから、
    65歳で亡くなられたわけです。まだまだ若いですよね。
    図書館で見つけられたらいいですね。

  4. 道成寺

    『道成寺』を観て来ました。シテは山井綱雄氏。
    初めて道成寺を見ましたが、能でこんなに激しいのは、単純に肉体的に躍動的なのは初めてで驚きでした。
    特に「乱拍子」は見事でし