40年ぶりの面掛式・深いトーク・稀曲と盛りだくさんの「住吉そりはし能」

住吉そりはし能

40年ぶりに再現された住吉大社「面掛式」

2月11日(祝・木)は住吉大社吉祥殿で催された「第五回 すみよし反橋能」へ行ってまいりました。

最初に「面掛式」と題して、千歳と三番叟が省略された翁大夫のみの《翁》が演じられます。囃子に大鼓はなく、本来三人いるはずの小鼓もひとりだけ。これは、昭和40年代まで正月に住吉大社で行われていた《翁》奉納の再現で、使用された翁面も住吉大社所蔵のもの、とのこと。途絶前に、どの能役者が参勤していたのかも気になるところです。

普段の《翁》と違うのは、舞台に翁大夫・囃子方・地謡・後見が座った後に、階にあたる場所から住吉大社の宮司と禰宜が舞台に上ってきて、宮司が祝詞の奏上をし、その後、禰宜が榊を持って面と演者と観客に対してお祓いをしたこと。

そのあと、改めて翁大夫が正面に礼拝して《翁》が始まりました。千歳の謡は地謡の一人が謡っていました。

とても広がりのあるトークショー

続く「住吉っさんと能・猿楽の関わりを知る」と題されたトークショーが大変面白かったです。登壇は住吉大社権禰宜の小出英嗣さん、大阪大学准教授の中尾薫先生、能楽師シテ方観世流の山中雅志師の三名。

能の事前解説というものではなくて、摂津国一の宮である住吉大社と、摂津の能に関するさまざまな問題を語られたというか。

前半はほぼ中尾先生と山中師による摂津猿楽榎並座の話。山中師は以前から、榎並猿楽の歴史を掘り起こす活動をなさっている関係かとは思いますが、その榎並座が、住吉大社に参勤していたのか、禄を授けた記録があるらしいことにも話が及び、とても気になりますね。

後半は主に小出さんが住吉という土地について。住吉はシルクロードが日本に繋がる際の玄関口で、だから能でも《岩船》や《白楽天》では外国からやってきたものが最初に至る土地として描かれる。そして、この日上演された《呉服》でもワキの臣下が最初住吉大社を詣でた後に呉服の里に向かうように描かれるのは、中国大陸から織女が渡来した際に、まず住吉に着いたことを踏まえているのだ、とのことでした。

以上は当日話された内容のごく一部ですが、話題の広がりのあるトークでした。実は終わった後にも、会場が片づけられる間、お話足りなかったらしい中尾先生と小出さんがお話されているのを近くで拝聴していたのですが、さすがに住吉大社ほどの大社となると、どのような角度にでも切ることも可能で、そしてそれぞれが奥深いのだと感じます。

能勢朝次先生の『能楽源流考』や、天野文雄先生の『翁猿楽研究』にも住吉大社関連の資料が紹介されていたと思うので、改めて読んでみたいと思います。

住吉大社絵馬殿にあった《岩船》の絵馬

稀曲《呉服》

トークショーの後は仕舞3番が舞われて、ついに能《呉服》の上演。あらすじは中国から渡来した呉織(くれはとり)・綾織(あやはとり)の二人の御名がそのいわれを述べ、呉織の神が現れて舞を舞うというものです。

ワキ正面に出された機織機の作り物が圧巻でした。作り物の決まりの、竹の柱組みに白ボウジを巻くのは変わりませんが、緑・黄・赤・白・黒の五色の糸が糸車に巻き付けられ、這わせてあるのが華やか。後でお聞きした話としては、糸のところだけは、難しいので、佐々木能衣装の方に作っていただいた、とのことでした。

《呉服》は作り物の手間が大変で、現在ではなかなか上演されない稀曲となっています。しかし、『能楽大事典』によると、むしろ江戸時代までは「上演頻度のきわめて高い人気曲であった」ともあります。華やかな作り物が能楽愛好層に好まれ、また、かつては「作物方」もいたといいますから、こういう曲が腕の見せ所であったのかもしれませんね。

以後は上演の演出についての備忘録です。

高安流の真之次第は、福王流のものよりも抑え気味に感じた。ワキが幕を出て、三之松で上げる手は右手のみ。つま先立ちにはなるものの、音を立てずに戻して、橋掛を進む。ワキが常座で一度止まり、再び動き出すまでワキツレは下居せず(福王流は下居)。ワキが拍子を一つ踏むと、それが報せで、ワキは正先ワキ座側、ワキツレは正先角柱側へ進む。また次第や道行の返シもワキ・ワキツレで同吟する。

前場のシテ・ツレは、唐織着流の上に、唐人であることを表す側次を着る。シテが作り物の後ろに置かれた床几に腰をかけて機を織る体。ツレはそのすぐ隣に下居する。

後場にシテだけでなく、ツレも出た。謡本には後ツレのことは書かれていないので、今回の上演の工夫か。ツレの装束は前と変えているが、出立としてはほぼ同じ唐織着流に側次。後シテは増の面に天冠、白舞衣の上に側次、緋大口。

シテは舞の前に、作り物前に座り、「きりはたり、てふ」の謡にあわせて織物を織る型。その後、シテが立って中之舞を舞う間、ツレが代わりに作り物に向かって腰を掛け、織物を織る型をする。最後は織り上がった機を勅使に渡して終曲。

感想になりますが、優雅に舞うシテに対して、写実的な型を繰り返すツレはいかにも「労働」で少々違和感を持ちました。うまいい形にシテに集中させる演出になって欲しいとは思うのですが、代わる良い考えは浮かびません。

…何せ稀曲ですので、一度「創作能」と銘打った公演では見ていますが、どういうのが常の型なのか分からないので、なんとも言えないのですが、それが分かる日のために記しておきます。

第五回すみよし反橋能

2016年2月11日(祝・木)14時~。於・住吉大社吉祥殿
★観世流《翁-面掛式》翁:生一知哉 笛:貞光訓義 小鼓:荒木建作 地謡:山中雅志ほか
★トークショー「住吉っさんと能・猿楽の関わりを知る」
 小出英嗣(住吉大社権禰宜)・中尾薫(大阪大学准教授)・山中雅志(シテ方観世流)
★観世流仕舞《高砂》吉田篤史 ★観世流仕舞《弱法師》塩谷惠 ★観世流仕舞《熊坂》山中雅志
★観世流能《呉服》
 シテ(呉織の神):梅若基徳 ツレ(綾織の神):井戸良祐
 ワキ(臣下):原大 ワキツレ(廷臣):久馬治彦・原陸 アイ(里人):善竹忠重
 笛:野口亮 小鼓:荒木建作 大鼓:辻雅之 太鼓:上田慎也
 後見:生一知哉・塩谷惠・山下麻乃 地謡:山中雅志ほか

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柏木ゆげひ

大学の部活動で能&狂言に出会ってから虜→現在は会社員しながら能楽研究の勉強中。元が歴史ファンのため、能楽史が特に好物です。3ヶ月に1回「能のことばを読んでみる会」開催中。能楽以外では日本史、古典文学などを好みます。

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