上田照也二十三回忌追善能

上田照也二十三回忌追善能

上田照也二十三回忌追善能
◆1月29日(日)10時半~ 於・湊川神社神能殿

 今までに私が能や狂言の会に費やしたチケット代の最高額は5,000円だったんですが、この会に行ったがために一気に倍の10,000円に達してしまいました(笑) 一応学生券ないですか~?ってお聞きしたんですが…。

 まあ『安宅』『大原御幸』『道成寺』という大曲が1曲あたり3,000円ぐらいで見れると思えば安い、と無理やり自分を納得させてます…。今月は歌舞伎と文楽も見に行きましたし、トドメがこの会で財布がすっかり軽くなりました。来月は節約気味に…それでも能・狂言を見るんだろうなぁ。ワーカホリックならぬ能楽ホリック状態たらーっ

 当日指定席ということで、早く行かねば良い席がなくなる!と思った私は、8時台には会場に着いてました(笑) 補助席ながら正面を獲得。私の後に入ってきたおばちゃんが「一番乗りですか?」 あの~私の姿見えてますか? ちなみに私の前にも人はいましたノーノー

 最初に上田家の子どもたちの仕舞。上田顕崇くんの『賀茂』、上田嶺貴くんの『春栄』、上田絢音ちゃんの『西王母』。故・上田照也師のお孫さんたちです。びっくりするぐらいお上手。ちょっと勢いが良過ぎる部分もありますが、元気良くて、そして型がきっちり決まっているんですよね。…将来が楽しみというか、”能の家”の血の恐ろしさというか。

★観世流能『安宅-勧進帳・瀧流』
 シテ(武蔵坊弁慶)=上田大介
 子方(源義経)=上田顕崇
 ツレ(義経の郎党)=大西礼久・久保信一朗・吉井基晴・上田彰敏・上田宜照・藤谷音彌・笠田祐樹・梅若基徳・上田公威
 ワキ(富樫某)=福王和幸
 アイ(強力)=善竹隆平
 アイ(富樫某の従者)=善竹忠亮
 笛=赤井啓三 小鼓=清水晧祐 大鼓=大村滋二
 地頭=大西智久

 『安宅』は見るたびに思うんですが、富樫を弁慶を含め10人の山伏の迫力でやり込めてしまう話だよな~と感じます。

 この話を初めて知ったのは、音楽の教科書に載っていた歌舞伎の『勧進帳』のページでのことだったんですが、それを読んだ時、心を鬼にして主人を殴る弁慶、その忠義に絆されて富樫は武士の情けと関の通行を許可し、最後に酒盛りになる…という「忠義と情の物語」だと感じたものです。

 歌舞伎の『勧進帳』を見たことはないので比較は避けますが、能『安宅』ではあらすじは同じながら義経を子方が演じることもあって、より弁慶の迫力に重点が置かれていて「忠義と情」よりも「気迫」の物語だと感じるんですよね。それこそ、能の真骨頂だと思いますし。

 上田大介師の弁慶、福王和幸師の富樫、善竹忠亮師の従者も混ざっての対決はビリビリと空気がぶつかり合っているかのようで、堪能できました。

 前に兄の上田貴弘師が『安宅』をされた時にも同じことを書きましたが、勧進帳(と見なした巻物)を取りにいく場面で、ツレの山伏たちが左右にわかれて、その中からシテが登場するのが特にカッコよかったです。勝手に「モーセの『十戒』式」と呼んでます(笑)

★大蔵流狂言『鏡男』
 シテ(男)=善竹忠一郎
 アド(妻)=善竹隆司

 能の会に来ている客には、狂言を休憩時間と勘違いしている人が少なからずいることは知ってますけれど…それにしても今回はひどかった。舞台で善竹忠一郎師が演技されているのも完全無視。知り合いに挨拶をしたり喋りまくりです。やかましいねん。…テレビを相手にしているのではなく、生身の人間を相手にしているわけで、こんな失礼な事ってないと思うんですけれど。

 でも、いつも自然な感じの善竹忠一郎師の演技は良いです。大げさで派手なのもいいですが、狂言ってもっと普通に心に染み入るものだと思うから…。先週に見たばかりの曲ですが、「何がさて、こなたのご息災で戻らせられたのが何よりの土産で、他に何も要りはしませぬ」という妻に、「女の身にはこれに上なるものはない。よって(鏡を)求めて来た」という夫。仲の良いはずの夫婦が、すれ違ってしまうのが可愛らしく楽しいです。

★観世流能『大原御幸』
 シテ(建礼門院)=上田拓司
 ツレ(後白河法皇)=笠田稔
 ツレ(阿波の内侍)=杉浦豊彦
 ツレ(大納言の局)=浦田保親
 ワキ(萬里小路中納言)=江崎金治郎
 ワキツレ(大臣)=江崎敬三
 ワキツレ(輿舁)=和田英基・松本義昭
 アイ(供人)=善竹忠重
 笛=野口傳之輔 小鼓=久田舜一郎 大鼓=山本孝
 地頭=大槻文藏

 初めて見る曲ですが、直前の20分休憩に昼ご飯を食べたのが失敗だったか、最初のワキツレ大臣とアイ供人のやりとり・退場、続いてのシテの出までは見ていたのですが、その後沈没してしまいました(汗) しかし、クセとシテの語りの時には復活して聞けましたしそれが良かったので、次は万全の体調で見たいです。それにしても能でもこれほど動きのない曲も珍しい。本来は素謡専用曲だったというのも納得できます。

 平家一門が滅びた後、一人生き残った安徳天皇の母・建礼門院は、大原の寂光院で静かに暮らしています。そこへ後白河法皇の御幸。後白河法皇は、建礼門院の夫である高倉天皇の父、つまり舅ですが、同時に源氏を使って平家を滅亡させた人物でもあります。その法皇が尋ねるままに、建礼門院が平家の滅亡を語る…という曲。

 舞台は平家滅亡の翌年。心が疲れ切っている女院が切々と語るかつての平家の栄華、そこからの転落、そして滅亡。二人の勇将・能登守教経と新中納言知盛の最期は少し激したように語り、母の二位尼が幼い息子・安徳天皇を抱いて「波の底にも都ありとは」と入水したことは低く、低く語る。切ないですよね…本当に。

 当日に配られたパンフレットが謡に即していて、片目で見ながら鑑賞できて良かったです。平家滅亡を派手な形で見せるのが『碇潜』(特に金春禅鳳本による上演)なら、静かに語りで聞かせるのがこの『大原御幸』なのでしょうね。

★観世流能『道成寺-赤頭・中之段数[足間]・無[足間]之崩』
 前シテ(白拍子)/後シテ(蛇体)=上田貴弘
 ワキ(道成寺住僧)=中村彌三郎
 ワキツレ(従僧)=広谷和夫・山本順三
 アイ(能力)=善竹忠一郎・善竹隆平
 笛=野口亮 小鼓=大倉源次郎 大鼓=山本哲也 太鼓=三島元太郎
 地頭=藤井徳三

 最初に鐘の運び込み。今回、使われた鐘は特別サイズだったそうで、登場した瞬間に客席にどよめきが走りました。上田貴弘師といえば、関西のシテ方でも特に体格の良い方ですから。狂言鐘後見の善竹忠重師(たぶん関西の狂言方で最も背が高い方)も、必死で持ち上げてらっしゃり、大きさも重さも特大だったようです。狂言方の苦労に関しては、善竹忠亮師のブログに詳しいです。鐘後見も貴弘師の弟さん方で、体格の良い方々が揃っていましたイヒヒ

 乱拍子では思わず、大倉源次郎師と掛け声と一緒に息を詰めて見てしまいました。ちょっと酸欠気味になりながらの観能(笑) 『道成寺』の乱拍子で、去年末に見たNHKスペシャル「人体」の映像を思い出しました。特に「人体」でも大倉源次郎師が登場されていたので、今も心拍数が約2倍もの変化を繰り返しているのかと思うと改めてこの乱拍子の凄まじさを思うのです。しかし今まで見た『道成寺』は小鼓が全て大倉源次郎師ですから、そろそろ違う流派(例えば京都に多い幸流だとか)で聞いてみたいこのごろ。

 一転してテンポの上がる急之舞では、大鼓の山本哲也師がカカリでひたすら連打されていたのが「うぉぉ~」って感じで、印象深かったです。「流シ」というそうで、ご自身の日記では「流儀では本当は四クサリしかないのですが、ついつい初段までの十一クサリ流してしまいました」と書いてらっしゃいますが、乱拍子から一転した勢いが表れているかのようで、私は良いなぁと思っていていたんですけれどね。

 『道成寺』を見るのは4度目ですが、小書付のものは初めてです。特に「中之段数[足間]」「無[足間]之崩」は今まで見逃し続けてきたものなので楽しみにしていたのですが…「中之段~」は乱拍子の途中に、テンポが変わってシテが何度か足拍子を打つ部分(中之段)で、拍子の数が変化するのみ。「~崩」は乱拍子後の「道成寺とは名付けたりや」という謡の部分で、シテの足拍子がなかったことなんだそうです。仰々しい名前ですが、それで演出が変わるというものではないようですね。…少し期待外れです。

 間狂言の善竹忠一郎師が鐘の供養と女人禁制のことを触れ回った後、舞台の縁をしっかりと踏み固めるように歩くのも今回初めて気付いたのですが、なにか呪術的な意味合いがありそうで興味を覚えます。

 今回のシテは、今まで見た『道成寺』よりは少し年上な雰囲気を感じました。激しいのですけれど、それがそのまま表に出るのではなくてワンテンポあるかのような。それにしても鐘入りはダイナミックかつ綺麗! やはり『道成寺』は面白いです。

 とにかく分量の多い会だったので、ちょっと疲れましたねてれちゃう

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柏木ゆげひ

大学の部活動で能&狂言に出会ってから虜→現在は会社員しながら能楽研究の勉強中。元が歴史ファンのため、能楽史が特に好物です。3ヶ月に1回「能のことばを読んでみる会」開催中。能楽以外では日本史、古典文学などを好みます。

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2件のフィードバック

  1. かえで より:

    私は用事が出来て行けなかったので、様子がわかって嬉しいです。あ~やっぱり見たかったぁ。。。
    特に拓司さんの「大原御幸」
    須田国太郎の「大原御幸」の絵を見ても泣いてしまうくらいなんです(汗)
    能「安宅」は大迫力ですよね。一番最初に見たのはシテが文蔵師でした。それで、ファンになりましたもん(^^)
    歌舞伎の「勧進帳」は全くの別物です!まあ、好みでしょうが
    私は文楽の「勧進帳」の方が好きですね。
    三味線が素敵なんです~♪

  2. かえでさん、コメントありがとうございます。
    上田拓司師の『大原御幸』、語りがステキでしたよ!
    それだけに途中で眠ってしまったことが返す返す悔しいです。
    私は大槻文蔵師の『安宅』は拝見したことありません。
    私の場合、観世清和師の『安宅-延年之舞』が忘れられません…。
    文楽の『勧進帳』は大阪の次回公演でありますね。
    見れたら良いなぁ、と思っています。