とくい能『百万』

とくい能
◆6月2日(金)19時~ 於・山本能楽堂(大阪市中央区)
★解説 山本章弘
★観世流能『百万』
 シテ(百万)=山本章弘
 子方(百万の子)=梅若由妃
 ワキ(男)=福王和幸
 ワキツレ(男の連れ)=福王知登・喜多雅人
 アイ(所の者)=善竹隆平
 笛=野口亮 小鼓=成田達志 大鼓=山本哲也 太鼓=中田弘美
 地頭=波多野晋

 「とくい能」はシテ方観世流の山本章弘師が主催なさっている会で、解説付き能一番というシンプルな会です。とくい能へ行くのは去年の『雷電』以来二度目ですが、平日夜の催しとしては、これぐらいの会がちょうどかと思います。

『百万』あらすじ
 ある男が拾った少年を連れて、京都の嵯峨に赴く。嵯峨は大念仏の最中で、寺の門前で男が念仏を唱えていると、女が現れて人々の念仏の拍子が下手だと言い、自ら音頭を取る(車之段)。この女はひとり子を失ったことで心が乱れ、古烏帽子をかぶり笹を手にして狂い歩いているのだった(笹之段)。今日も神々に捧げる舞だといって曲舞を舞う。その内容は子の行方を訪ねて諸国を巡った身の上話だった(クセ)。こうして群衆の中に我が子を探し求めるうち、男に連れられているのが我が子と知り、正気に戻るのであった。

 『百万』は長いクセを大鼓で稽古を受けたことがありますし(本当に長いクセで、それ以前のお稽古の中ではたぶん最長)、最近はお稽古場の最古参の方が車之段から笹之段までお稽古されているので、とても謡に親しみのある曲。でも、能として見るのは初めて。部分々々にばかり親しみがあるので、「そっか、ここからこーなって、こうつながるのか」と妙な楽しみ方をしてしまいました。

 最初のアイの念仏「な~むしゃ~ぁか、しゃかしゃか~(南無釈迦、釈迦釈迦)」 地謡も小声で謡います。「な~むしゃ~ぁか、しゃかしゃか~」…なんていい加減な念仏なんだ~! でも、この能を見て以来、少し「南無釈迦、釈迦釈迦」の謡が癖になってます(笑) シテが謡う「な~むあ~みだんぶ(南無阿弥陀仏)」も結構好きでしたが、それ以上にツボに入ってます。

 アイと地謡の掛け合いが何度か続く内に、幕からシテが登場。橋掛りでアイの動きをしばらく見てますが、スッと寄ったかと思うと右手に持った笹で「ペシッ」と一打ち。シテ「あら悪の念仏の拍子や。わらは念仏を取り候べし」 能でここまで見事なツッコミを見るなんて思ってもみませんでした。もっと早く『百万』の能を見ていれば良かったです。

 話としては親子再会の話ですが、冒頭の念仏のシーンからも分かるように、華やかな芸尽くしが続く能で、見ていて楽しかったです。でもクセの後に入る「あら我が子恋しや」と舞台を回る立廻りの表現は少し切なく、曲に深みが出ているように思います。

 しかし主催の山本章弘師、大変だったことと思います。事前の解説・能のシテ・事後の質問コーナーを全て勤められますので。特に能の終了後から次の質問コーナーの間は一瞬!と思うぐらいの早着替え。休む間もないのでは…? ただご自身でも仰っていたように、その熱意が今ひとつ客数に結びついていないのが残念なところ。山本能楽堂は広すぎず、演者と観客が程良い距離の舞台ですし、この内容ならもっと観客が来ても良いと思うんですけれどねぇ。事実、今回私がお誘いした方はとても気に入られたようで、私としてもお勧めした甲斐がありました。

 次回のとくい能は7月22日(土)16時~、能『鉄輪』だそうです。ホラー系で夏向けの曲です(笑) 「ゆかた祭」と題して、浴衣で来ると抽選で天神祭の「能船」の乗船券などがあたるそうですので是非。去年も私、能船狙いで浴衣姿で行ってるんですが、当たったのはコーヒーでした(笑) 当たっただけラッキーなんですけれどね。

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柏木ゆげひ

大学の部活動で能&狂言に出会ってから虜→現在は会社員しながら能楽研究の勉強中。元が歴史ファンのため、能楽史が特に好物です。3ヶ月に1回「能のことばを読んでみる会」開催中。能楽以外では日本史、古典文学などを好みます。

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5件のフィードバック

  1. 木白山 より:

    能のツッコミ!!!!!
    是非、観てみたいですー(^^@
    「なーむしゃかなーむしゃか」もなんだかカワイイフレーズですねっv
    「百万」観てみたくなりました!
    どっかで公演されてないかな。。探してみましょう。
    主催の山本章弘さんは本当に大変ですね。
    全部お一人!
    「とくい能」って、東京でいうと、「のうのう講座」にあたる公演なんでしょうね。
    「のうのう講座」は、観世喜正さんが、能の解説、謡体験、装束着付けの実演し、その後、観能という手順で進められるんです。
    でも、演能後の質問コーナーはないので、「とくい能」もいいですねぇ~。
    企画倒れの関西能ツアー、実行しようかしらー(^^;

  2. 『百万』は観阿弥作の『嵯峨物狂』を世阿弥が改作したものだそうですが、
    観阿弥作らしい、俗っぽくも楽しげな部分のある能ですね。
    (同じ意味で『自然居士』なども好き)
    大阪の囃子方お二人が行われている「TTR能プロジェクト」で
    「分かりやすい能」として選ばれていた一曲なので
    割と入りやすい能だと思います。
    間狂言は大蔵流ですから、和泉流だとまた違うかもしれませんね。
    メジャー級ではないけれど、そうマイナーな曲でもないので
    探せば見つかると思いますよ。
    「のうのう講座」がどんな催しなのかは分かりませんから、
    ちょっと比較はできませんが、「講座」というように
    能を深く知る催しというよりは、あくまで能を気楽に見てもらう催しという
    感じですね。
    関西能ツアー、ぜひ実行されてください。日にちさえ合えばご案内しますよ(笑)

  3. さおり より:

    >「ペシッ」と一打ち。
    見事なツッコミでしたねぇ(笑)
    意図とは違うのでしょうが、ツッコミを入れられているアイの姿がおかしくて、笑ってしまいそうになりました(^_^;
    一曲をたっぷりと楽しめるいい会でした♪

  4. ももたろ より:

    最近は演者自身による解説を行う会が増えてきてるんですね。
    私が能にのめり込むようになったのも解説があったことがきっかけなので、嬉しい限りです(^^)
    近頃、福王和幸さんが気になる存在で…(笑)とくい能、見てみたかったです。

  5. ★さおりさん
    >>見事なツッコミでしたねぇ(笑)
    本当に。見どころとか意図とは違うんでしょうが、
    衝撃を受けました(苦笑)
    ツッコミを入れられたアイのせりふ
    「げにげに我らは下手にて候上は、面白う囃し候へや」
    待っていたかのような、悲しそうな、負け惜しみなような…
    どうなのかな、といろいろ考えてしまいます。
    ★ももたろさん
    演じる演者自身がご自分の言葉で語る、というのには
    ひとつの意味があるようにも思います。
    演じる能の内容やレベルを下げるのは良くないでしょうが、
    やりようによっては、事前の解説などで、敷居の高さを
    取り払う努力はできるのではないか、と感じています。
    近頃、福王和幸師の出演は多いですよ。場合によっては
    同じ日にふたつの舞台を掛け持ちされていたり…。
    ぜひぜひ。