高槻と高山右近

 所用あって大阪府高槻市まで行きました。高槻は大阪と京都のほぼ中間にあり、京都に行くたびに通過はするのですが降りて歩いたのは初めてのこと。用事を終えた後少し時間が空いたので、せっかくなので駅の周辺を散策してみることにしました。

 地図を見ると、駅からそう遠くないところに「高槻城跡」があるようなので、歴史好きの私は惹かれてフラフラと。すると、立派な教会堂が目の前に。案内に「カトリック高槻教会(高山右近記念聖堂)」とありました。高山右近!? 戦国時代のキリシタン大名であることしか知らない人物でしたが、初めて高槻という割と近場の人物であることを知りました(←ホンマに歴史好きなのか?)


ジェスト高山右近像

 教会内には高山右近の像と顕彰の碑がありました。碑文は高山右近の略歴の紹介にもなっています。顕彰の碑なので、少しベタ褒めな感じは受けますが…。

 ジエスト高山右近大夫長房候は飛騨守ダリオ高山図書の嫡子なり 幼より公教徒たる父の薫育を受け天正元年高槻城主となり勇略を以て信長秀吉二忠勤し傍ら茶道を極め南坊等伯と号す 常に鋭意治を致し力を文教に注ぎ領民悦服せざるなし 其の福音宣布に当るや挺身我を忘れ救霊惟れ努む 因て授洗せしもの数万に及べり 実に宗門の柱石なり 天正十年六月秀吉の禁教令を布くや候は背教と栄達との岐路に立つて敢然明石十二万石城主の栄禄を抛ち父子一族と共に欣然其の信仰を建て奉じ諸国を流浪すること二十五年 遂に慶長十九年三月幕府に捕はれ呂宗に追はれ元和元年一月二十八日歿す 享年六十三 実に無血殉教の士と云ふべし 聖書に曰く 人若し全世界を掌すとも其の魂を亡はば何の益かあらんと 嗚呼候は現世の栄誉を棄て永遠の福祉を求め教義に殉じて不滅の生命に活く 今や遺徳四海に普及し列聖を誓願する声羅馬聖庁に達す 乃ち茲に碑を候の城跡に建て記を勒して後世に伝ふと云爾
  昭和二十一年十一月列聖嘆願の日 大阪司教 田口芳五郎 撰

 元はカタカナだったものを、読み易いようにひらがなに改めました。「呂宗」はフィリピンの最大の島・ルソン島のこと。「羅馬」はローマ、カトリックの総本山バチカンのことですね。「碑を候の城跡に建て」とあるように、カトリック高槻教会は高槻城跡にあります。

 カトリック高槻教会の隣が、時々能・狂言の公演情報でも見知っている高槻現代劇場。その劇場のさらに隣が野見神社でした。つまり劇場を挟んで、教会と神社が並んでいるわけです。この野見神社では高山右近の別の面を知ることができました。

 この野見神社。元は宇多天皇の時代(887-897)の際に疫病を恐れて建てられた牛頭天王社だったんですが、室町時代ごろから歴代の高槻城主に崇敬されるようになります。しかし、キリシタンの高山右近が城主になると社殿を破壊。山城国男山に難を逃れ、のち江戸時代に入って復興されたそうです。「野見神社」の名称は明治から。

 うーん、社殿を破壊とは…高山右近ってば過激(笑) 上にも書いたように野見神社の周辺は高槻城内だったわけですから、さすがに膝元に異宗教を置くことはできなかったのでしょうか。…宣教師の指示があったのかもしれませんが。

 野見神社から、さらに道なりに進むと「しろあと歴史館」という建物が見えてきました。入場無料だから入ったのですが、これは無料には勿体ない充実ぶり。これで高山右近の周辺のことが少し分かってきました。

 牛頭天王社は破壊した高山右近ですが、その一方で高槻市内の寺には高山右近よりの本領安堵の書状が残っているそうです。キリシタンだからと、他宗教を否定したわけでもないようですね。むしろ旧来からの勢力を味方につける必要性があったのだとは思うのですけれどね。

 高槻など、大阪と京都の間にはキリシタン大名が多かったようで、別に高山右近だけのことではなかったそうです。これは当時、現在の大阪城に存在した石山本願寺との対抗の意味があったのではないか、という話。石山本願寺は一向宗の総本山で、各地の信者を動員した一向一揆によって織田信長の最大の敵対勢力となりました。一向宗に対抗するため、海外から渡来した新宗教の導入が図られたのだというのです。

 カトリックの碑文では人格的にも絶賛されている高山右近ですが、元の高槻城主で主君であった和田惟長と直接斬り結び、追放したという事件を起してもいます。もっとも戦国時代にはよくあった下克上で、高山右近だけを特別に非難するようなことでもないですが、宣教師フロイスは「不思議な事件」と書簡に書いたそうです。まあ、キリスト教でも主君への反逆は非難すべきことですが、信者を悪く書かない当時の宣教師らしい(笑)

 面白いです、高山右近。最初にカトリックの聖人へ祭り上げようとの意図で書かれた碑文を読んだためなんでしょうけれど、その後に知ることが違う面からの事跡ばかり! 私にとって、実に魅力的な興味深い人物となりました。また他に本など読んでみよう。

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柏木ゆげひ

大学の部活動で能&狂言に出会ってから虜→現在は会社員しながら能楽研究の勉強中。元が歴史ファンのため、能楽史が特に好物です。3ヶ月に1回「能のことばを読んでみる会」開催中。能楽以外では日本史、古典文学などを好みます。

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