戦の浜・安徳宮

源平史蹟 戦の浜

住所:神戸市須磨区一ノ谷町5 須磨浦公園内

 敦盛塚から須磨浦公園の松原を歩いて抜けると、東の端に「源平史跡 戦の濱」と書かれた碑が立ってます。前回も書きましたが、一ノ谷の合戦では多くの平家の武将が討たれました。平敦盛のほか、能に関係する人物としては平忠度・平経正・平知章など。

 『神戸在住』1巻に「私が見つけた、私だけの場所。と、勝手に思っている」と塚が紹介される平盛俊も、一ノ谷合戦で討たれた人物のひとりです。また殺されたわけではありませんが、『千手』・復曲能『重衡』に登場する平重衡は生け捕りにされ、鎌倉へと送られました。

 平家が最後に大打撃を受けたのが一ノ谷合戦でした。それだけに激戦だったらしく、合戦が行われた2月7日が来ると、松風と波音のほかに、軍馬の嘶く声が聞こえたとも伝えられているそうです。

安徳宮
安徳帝内裡傳説地

 「戦の濱」の碑から、北へかなりの急勾配の道がありますが、そこを上りきると「安徳帝内裡趾傳説地」の碑が建つ、安徳宮という小さな神社があります。平家が一ノ谷にいたころ、この地に内裏がおかれたという言い伝えがあるようで、それに基づいて祀られています。安徳天皇の守護神として龍神の真理胡弁財天も祀られています。

 急勾配の道(七度坂なんて名前まである)を登りきると汗だくになったのですが、安徳宮の静謐な空気に触れると一気に汗は引きました。周囲は住宅地なんですけれど、安徳宮周辺はよく手入れされているらしい、気持ちの良い場所でした。須磨には気持ちの良い場所が多いです(^^)

 安徳宮の前にある一対の灯篭は、明治時代、元京都の芸妓でアメリカ人の富豪と結婚したモルガン・ユキという人が奉納したものだそうで、「モルガン灯篭」なんて呼ばれているそうです。なんだか面白いですね。

一ノ谷バス停

 写真は、再び海沿いまで降りて、東側に少し歩いたところにある「須磨一の谷」バス停の写真。『平家物語』好き、能楽好きとして、見つけて嬉しくなったので、思わず撮影してしまいました(笑)

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柏木ゆげひ

大学の部活動で能&狂言に出会ってから虜→現在は会社員しながら能楽研究の勉強中。元が歴史ファンのため、能楽史が特に好物です。3ヶ月に1回「能のことばを読んでみる会」開催中。能楽以外では日本史、古典文学などを好みます。

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