なんて素敵にジャパネスク(6)後宮編

なんて素敵にジャパネスク(6)後宮編
氷室冴子『なんて素敵にジャパネスク(6)後宮編』集英社、1990年

 帥の宮が企てている陰謀を暴いてやると、復讐に燃える瑠璃姫は、まず情報収集のために煌姫を帥の宮の邸に送りこむ。さらに、帥の宮の正体を探るために自ら後宮に入り込むが、東宮の生母である桐壺女御の周囲で物の怪騒ぎが起きていることを知る。事件の背後に帥の宮の影を感じた瑠璃姫は、後宮で孤立している桐壺女御と東宮の味方をしようとするが…!?

この巻は「平安ラブ・コメディ」の「ラブ」が一気に姿を潜めて、政治的な話が前面に出てストーリーが展開します。大皇の宮(鷹男の帝の母。国母)が語る『ジャパネスク』における皇族の血縁関係…。それを元にした系図が目次・これまでのあらすじに続く、本編直前に掲載されていることもその反映です。藤宮の血縁も語られてますね(^^) 恋愛と並ぶ平安時代もののもうひとつの柱、「血縁と政治」ははこうでなくちゃ!

「後宮異変!」の報をもって、高彬のもとに蔵人頭の使者として、兵衛佐がやってくる…。こういうの大好きです。私が大学で歴史を専攻しようと思ったのは、こういう平安時代の官職などが好きになったから、であったことを思い出しました。

蔵人頭とは、氷室冴子さんの文を借りるならば「それやこれやのやっかいな手続きをとびこえて、今上のプライベートな御用を、リアルタイムで、フレキシブルにこなす」官職で、いわば「帝の秘書官長」。「身分は公卿よりは下なんだけど…権力が集中してい」「若い公達のなかでは、まさにトップエリート、ヤングエグゼクティブ」なんです。

蔵人は身分は低くても、帝のお側近くに侍るエリート集団なんですよね。例えば、天皇の宮殿に上ることを許された人を「殿上人」と呼び、貴族の最低ラインですが、位が五位以上になって初めて殿上が許されるのです。逆にいえば六位以下の、殿上できない官人は貴族として扱われません。が、六位でも蔵人なら、特別に殿上が許されたのです。職務の関係から、殿上できないと話にならないわけですが、これが大変な名誉でした。

蔵人は天皇から下げ渡された装束を着ることもあったそうですが、それもお側近くに侍るからこそ。その長官たる頭は、近衛中将か事務官僚の弁官の職にあるものが兼任したので、それぞれ頭中将・頭弁と呼ばれ、公卿へのステップアップコースでした。

…と、『ジャパネスク』には直接関係ない話を熱く語ってしまいました(^^;) でも好きなんですもの。

桐壺女御は鷹男の帝の添臥だった…「添臥」とは皇子が元服(成人式)をした夜、その皇子に、親王や公卿の娘を添寝させるという平安時代の特徴的な風習ですね。 つまり初めての相手というわけで…ちょっと赤面。もっとも乳母が元服までに男女のことの手ほどきまでする、という話も聞いたことがありますけれど…。

しかし、この後宮編。帥の宮登場以来、瑠璃姫が今までないくらいにイライラしていて、ちょっと瑠璃姫らしくないようにも思います。…すきっ腹に寝不足、さらに帥の宮憎しゆえとは分かりながらも、あまり好きではないです。

ところで、最後の場面に登場する帥の宮。智略にたけ、すばやい行動力があり、鋭い判断力と、人殺しにも動じない冷酷さ、おまけに腕も立つ。まさに「悪のヒーロー」といった具合。ここまで見事に決められると、高彬とはまた違う面で、思わず「尊敬」と「憧れ」を持ってしまいますね。

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柏木ゆげひ

大学の部活動で能&狂言に出会ってから虜→現在は会社員しながら能楽研究の勉強中。元が歴史ファンのため、能楽史が特に好物です。3ヶ月に1回「能のことばを読んでみる会」開催中。能楽以外では日本史、古典文学などを好みます。

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2件のフィードバック

  1. ノン より:

    確かに氷室冴子さんの平安時代の官職の説明の解りやすさには
    その後に古文を勉強した時にずいぶんお世話になった思い出が。
    時代背景の説明やその時代の催事、貴族にとってのその重要度
    などもすごく解りやすくて。
    「ジャパネスク」を読んでおくとその後「源氏物語」を読もうが
    何の古文の物語を読もうが世界に入りやすいですよね。
    その時代を親しみやすく説明なさりつつ物語は物語で進めていく
    のは巧いですよね~。
    ・・・って最近コメントも「氷室さんの文章力の高さ」を褒め
    たたえる感じについなってしまいます(^^;)
    柏木さんが一巻一巻の感想を書き込まれるのは大変だろうな~
    と思われる「ジャパネスク」のストーリー展開になっているとおり
    私も感じるところはいろいろあれど・・・とコメントをどう入れるか
    難しいですね~。私のコメントは必須でもないのに「ジャパネスク」
    にはつい口を挟みたくて(苦笑)
    前回、今回の帥の宮の手口の鮮やかさは私も好きです。
    「完全犯罪」みたいにすべて抜かりなく目的を遂行していく相手
    と主人公がどう対峙していくかはちょっと前の洋画を彷彿させる
    気もします。
    今後はまたまた違う展開で二転三転していくのはまた「ジャパネスク」
    の魅力ですね。

  2. 私の場合、『源氏物語』から『ジャパネスク』に進んだので。
    氷室冴子さんの本を読む前に、平安時代ものの知識は一通りは
    持っていたんですよ~。『官職要解』↓
    http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061586211/nougakunofuti-22/ref=nosim/
    という本も持ってましたし(笑)
    でも、その官職の知識が、具体的にこう働いていたのだ!と
    いう描写がこの「後宮編」の巻には描かれていて、それが
    私の心を、こう、くすぐるのです。大好きですね。蔵人(笑)
    ストーリーに関しては、やっぱり帥の宮の鮮やかさが際立ちますよね。
    瑠璃姫が、あの手この手で頑張っているのだけど、
    ポイント、ポイントを鮮やかに押さえて決めていくので、
    かなわない。ここまで鮮やかだと、「カッコ良い」の域に達しますよね。
    もちろん、「悪いやつ」ぶりも凄まじいですが(笑)