花園大学公開講座 能『井筒』

花園大学 公開講座

 さて、片山家能装束・能面展を見終わった後の話。昼食をとってからバスに飛び乗ります。向かう先は花園大学本館サイトの掲示板で、こっこさんが紹介してくださった花園大学の京都学公開講座「都の芸能」に参加するためです。

 1日だったので、テーマは能『井筒』。神戸女子大学の大谷節子助教授による「『井筒』を読む」という講義と、シテ方観世流の味方團師ほかによる『井筒』の装束付け実演と上演でした。

 大谷助教授の講義は、能『井筒』の本文を読みながら、そこに何が書かれているかという話。能『井筒』は、世阿弥が平安古典『伊勢物語』の「筒井つの」の段を元に作った能ですが、決して原典通りではなくて、世阿弥の時代(室町時代前期)における『伊勢物語』解釈を元に作られている、という部分がポイントでした。

 私は高校時代に平安古典文学にハマって、そこから能に入門したものですから、始め能『井筒』の文を読んで、あの男性は在原業平で、井筒の娘が業平正妻”紀有常の娘”となっているのを見て「なんで?」と思ったものでした。

 「筒井つの」の段は、『伊勢物語』全体から見ると、ちょっと変わった話です。主人公は他の段に多く登場する「男」ではなくて、「田舎わたらひしける人の子ども」。この表現では各地を渡り歩く行商人か、国司の下級役人の子というイメージ。業平や他の「男」と重ならないんですよね。

(ほかに筒井筒の仲の二人が結婚するまでの部分と、その後の「風吹けば…」の部分が上手く繋がっていないと思う上、最後の、河内の女がご飯を自分でよそって食べていたなんて下手な付け足しにしか感じられないとか、文句はいろいろある話です・笑)

 そんなわけで「筒井つの」の段は「『伊勢物語』のなかに入っているものの、業平とは関係ない話なんだ」と理解していた私にとって、業平と有常の娘に重ね合わせた能『井筒』の内容は少しショックでした。

 しかし「業平とは関係ない話」という解釈は古典の研究が進められた最近のもので、『伊勢物語』=在原業平の話という理解が伝統的なんでしょうね。桂米朝さんの『口合小町』という落語を聞いていても、「昔は大和の国に在原業平という人があった。大昔の人やがな。で、この人の嫁はんが井筒姫というて、こらァまあ幼なじみの仲の良え夫婦や」というくだりがあったりして、「筒井つの」の段も業平の話という解釈は、割と近い時代でも一般的だったようです。

 というわけで、能に触れはじめて7年近くたって、やっと「『伊勢物語』にもいろんな解釈があるねんな~」と分かってきた最近です。大谷助教授の説明を受けて、混乱する以上に楽しめるようになったのは成長かな?(笑)

 ところで、大谷助教授が配られた資料にには、中世の『伊勢物語』注釈書がいろいろと引用されていたのですが、井筒の男は業平かどうかなんて問題外で、今ではびっくりするような珍解釈が山ほど載っていました。

 少し紹介をしてみると、まず『十巻本伊勢物語註』という本にある「歌ニツツイツツトハ共ニ五歳也」! 「いつつ」だから、業平が井筒の女と結婚したのは5歳だって解釈です。どれだけ早熟?(^^;)

 ほかに男女の物語とは、イザナギ・イザナミの国生みの話に繋がるんだ、なんて解釈もあります。「されば、業平嫁をむねとして、いざなぎ・いざなみの始を顕と云也」(『冷泉家流伊勢物語抄』)。『伊勢物語』が古典化していくうちに、権威付がなされたのだと思いますが、それにしても国生みまで遡るなんて、スケールが大きい話です。

 なんだかハマるとどっぷり浸かってしまいそうですが、中世の古典解釈には、ディープな世界が広がっていそうです。


 後半の能楽師の方による実演ですが「味方團氏ほか」と書かれています。そして登場されたお顔が、味方玄師(團師の兄)にそっくりで、こんな似てる兄弟だったかしらん?と思っていたら、本当に玄師でした(笑) 團師は最後に『井筒』を舞うために、解説はお兄様の担当なんだそうです。

 能楽師からの『井筒』について、使われる能面(小面・増・深井)を実際にスクリーンに映しながら、それぞれの面による解釈の違いなどを話されました。観世流の装束付には、深井(中年女性の面)の面を使う例も書かれていて、「老ひにけるぞや」という言葉に対応しているのか、という話でしたが、実際に使われる例はほとんどないと仰ってました。

 「大谷先生のように論理的に話すのは苦手ですが、熱く語ります」と仰っていた玄師。実際にヒートアップし過ぎて、15分~20分の予定が25分ぐらい面について語ってらっしゃいました(笑)

 それから囃子方(笛:森田保美師、小鼓:吉阪一郎師、大鼓:河村大師)が登場されて、『井筒』のクリ・サシ・クセを居囃子の形式で上演。装束の着付の実演の後、半能で『井筒』が上演されました。

 ホールだからか、囃子の響きが少し淡白だったような感じを受けました。シテの舞もそんな感じ。でも「さながら見みえし。昔男の。冠直衣は。女とも見えず。男なりけり。業平の面影」という部分は割と激しかったような。

 玄師が『井筒』で、今は序之舞を舞っている部分で、昔は「憑き物の舞」を舞っていたと仰ってましたが、好きな男が違う女のところに通ってもけなげに待ち続けるって、私には普通の精神状態ではないと思うんですよね。それが少し残っている部分なんでしょうか。

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柏木ゆげひ

大学の部活動で能&狂言に出会ってから虜→現在は会社員しながら能楽研究の勉強中。元が歴史ファンのため、能楽史が特に好物です。3ヶ月に1回「能のことばを読んでみる会」開催中。能楽以外では日本史、古典文学などを好みます。

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5件のフィードバック

  1. 挿頭花 より:

    あああああああっ!!!!
    行けばよかった~~~。(泣)
    何やってたんだろう、私?
    味方玄さんの解説も聞きたかったし!
    『せぬひま』メンバーだったなんて!!
    「~~ほか」という表現はやめて欲しいですよね!
    コホン。
    取り乱してしまいました。
    柏木さん、失礼しました。

  2. かえで より:

    仕事で行けなくて残念でしたが、ゆげひさんのレポ有り難く読ませて頂きました。
    玄さんは、お話するといつも長くなりますよね(^^)
    私達には嬉しいですけど。
    團さんの舞は私結構好きなんですけどね。
    はぁぁ、やっぱり拝見したかったですぅ(涙)

  3. 花園大学 京都学公開講座「都の芸能」

    花園大学での京都学公開講座「都の芸能」にて、 神戸女子大学の大谷節子教授の講座『「井筒」を読む』と 「能装束附け実演と井筒」上演 に参加してきました。 『井筒』とは、『伊勢物語』から主題をとったお能です。 ところでお能は、今から600年前、室町時代に作られ

  4. 山吹 より:

    同じ会場で講義を聴いていても、こんなに受け取り方が
    違うとは!
    私より数倍、講義を堪能されてますね。。

  5. ★挿頭花さん
    「せぬひま」ファンの挿頭花さんには
    垂涎ものの企画だったように思いますね。
    とり乱されるのも無理はないかと。
    でも、囃子方が登場するとは思っていなかったのです、私。
    「味方團氏ほか」なので、装束は團師の自前で、
    あとは同門の方数人だけで、仕舞とか謡とかを聞かせるだけかな、
    と(勝手に)思っていたのですよね。
    良かったです。でも、同時にもっと囃子や謡が堪能できる会場
    (能楽堂とか)で聞けたら良かったなとも思いました。
    ★かえでさん
    味方玄師、今回も解説ヒートアップでした。
    毎回熱い方ですね。お話が面白いので、嬉しくはあるのですが、
    同時に次の予定もあったので、ちょっとドキドキしながら(苦笑)
    この講座の数日前に、かえでさんが
    「1日に團さんの『井筒』があるんですよね」
    と仰るまで、私、実演といっても仕舞と謡ぐらいと
    (勝手に)思っていたんです。
    でも、かえでさんの仰る通りでした。
    ★山吹さん
    いえいえ、数倍堪能してるなんてことはないです。
    毎度毎度で、実はちょっと沈没していた部分もあり、
    何か聞き逃しているはずです(汗)
    山吹さんが書いてらっしゃったように、
    古典はいろんなイメージを重ねあわせることができるのが
    特徴なわけで、私の、『伊勢物語』のイメージ、
    歴史上の在原業平のイメージ、そして能『井筒』のイメージ、
    それだけ様々なイメージが重なれば、
    勝手なことはナンボでも書けるわけです(笑)