能『道成寺』と心臓

NHKスペシャル 驚異の小宇宙・人体vol.2 「しなやかなポンプ～心臓・血管～」 NHKエンタープライズ 2003-04-25 by G-Tools

　1989年に放送されたNHKスペシャル「人体」シリーズの一本です。この「しなやかなポンプ～心臓・血管～」は心臓・血管をさまざまな映像を用いて描く番組ですが、単なる循環器としての機能だけではなく、心臓の、精神状態と連動することにも注目しています。

　その例として、能楽シテ方観世流の梅若猶彦師が、初めて『道成寺』に挑む経過を、心臓の計測をしながら追います。能楽師の卒業論文と呼ばれる『道成寺』に若手が挑む様子を、「心臓」という視点から描いたドキュメンタリーと言っても良いと内容でした。

　能の舞台にはしばしば死者が主役として現れます。
　心を残して世を去った者が後の世に蘇り、生前果たすことのできなかった思いを遂げるのです。
　芸の力で死者を蘇らせる。
　遠い昔に止まってしまった心臓に魂を吹きこみ、鼓動させようというのです。

　上の語りが終わり、司会の小出五郎さんとタモリさんによる導入の後、荒海を背景に梅若猶彦師登場。…ちょっと演出過剰だとは思いつつもカッコ良いです　さっそく心臓のデータを取りながら『道成寺』に挑むことになります。

　シテの梅若猶彦師、そして小鼓の大倉源次郎師に心電計を取り付けての稽古。乱拍子と呼ばれる極端に少ない体の動きの中、猶彦師の心拍数は上がり続け、最後には170にまで達します。全力疾走している時に匹敵する数値だそうです。小鼓の大倉源次郎師は、強い掛け声をかけている時には148。その一方で息を詰め、呼吸を止めたときには69。乱拍子の間中、心拍数が約2倍もの変化を繰り返すのです。いかに内面的に激しい芸なのかが、見事に数字として出てきました。

　番組の最後には『道成寺』本番の映像もありましたが、その急之舞では心拍数は207にも達します。その前にMRIで調べたとき、梅若猶彦師の心臓の弁のひとつで、血液が逆流を起こしていることが判明していました。日常生活には支障はないレベルだそうですが、心拍数が200を超えるような状態にして、負担はかからなかったのでしょうか。まさに「命がけ」の『道成寺』ですね。

　…今ひとつ上手く文章にできませんが、改めて能の「凄まじさ」を見せつけられるインパクトの強い映像でした。能ファンなら後悔することはないと思います！　この映像の存在を教えてくださったさおりさんに感謝。私は大学の視聴覚資料室で見たのですが、一昨年に「人体」シリーズ全体がDVDとして発売されたらしいので、だんだん手元に置きたくなってきたり…(笑)

　ところで、私は「人体」シリーズを放送時には見ていませんが、続編の「人体2 脳と心」のシリーズは大好きで、毎回すかさず見、さらにビデオに録って何度も繰り返して見るほどでした。当時の歴史のテスト（人類の発生からがテスト範囲でした）のテスト番組で得た「ネアンデルタール人は死者に花を供えていたらしい」という知識を答案に書いて、減点された思い出があります(笑)　「NHKで言ってた！」と抗議する私に、先生も困惑しただろうなぁ…　今思うとちょっと恥しい。

Tweet

Pocket