紀伊山地の霊場と能・狂言 「能楽の淵」トップページへ


 2004年7月に「紀伊山地の霊場と参詣道」がユネスコの世界遺産に登録されたことを記念して、大阪市立美術館で開催された特別展「祈りの道〜吉野・熊野・高野の名宝〜」に行ってきました。

 日曜日に行ったので、午前9時半の美術館の会館と同時に入ったのにものすごい混みよう。気張って全然休憩を取らずに見たくせに全部見て回った頃には13時過ぎ、すっかり疲れ果ててました(苦笑)

 しかしながら、吉野・熊野・高野は古代から現在に至るまで日本の精神的な霊地であるだけではなく、政治的・文化的にも中央と関係を持ち続けて来た土地です。その土地の宝に実際に触れることで、その物が作られた思想や歴史などに思いが馳せられ、何だか神妙な気持ちになりました。

 これらの土地は、能や狂言にも深く影響を及ばしています。それぞれの土地の物語を直接描いた『国栖』『谷行』『巻絹』『高野物狂』といった能がありますし、『葛城』『嵐山』『熊野』など直接間接に関係のある能も少なくありません。

 また狂言で活躍する山伏たちは大峯、つまり吉野で修行したと最初に名乗ることが多いですが、吉野の金峯山寺は修験本宗の総本山であり、回りには観光客向けの土産店の他に、今でも法螺貝など山伏に必要なものを扱う店も存在しています。

 何と言っても、能の大曲『道成寺』が熊野古道の途中に存在する寺の名前であるというのは外せません。『道成寺』で娘(一般にいう清姫)が恋した男(安珍)は熊野詣をするために娘の親の家に泊まったとあるように、道成寺は熊野詣の中継点として多いに栄えた寺なのです。「祈りの道」展には能の元となった話を描いた絵巻『道成寺縁起』(国重要文化財)も出品されており、大蛇と化した女性が鐘に巻き付き炎を吐いている様子は大迫力です。

 ほかに世阿弥の嫡男、観世十郎元雅が心中の所願成就を願って天河大弁財天社に奉納した尉面など、いくつかの古能面もまた出品されていました。元雅は『隅田川』『弱法師』『歌占』『盛久』『朝長』など数多くの名作の能を作っていますが、能面奉納の二年後、逆境の中に早世しました。

 …能・狂言ファンならではの「祈りの道」展の楽しみ方もあるわけですね。

※大阪展は2004年9月20日(月・祝)で終わりましたが、会場を名古屋・東京と移しつつ、2005年1月23日(日)まで「祈りの道」展は開催される予定になっています。滅多にない機会ですので、一度は目を通してみるのもいかがでしょうか。

(2004/09/27)

オススメ本
熊野古道
小山靖憲
 「紀伊山地の霊場」のひとつ熊野への参詣道について、歴史的にまとめ、また著者が実際に歩いたガイドブック。

つれづれ雑感
唱聞師の能 / 係り結びと能の謡 / 世阿弥の能本 / 能と狂言 / 紫式部と和泉式部 / 紀伊山地の霊場と能・狂言