係り結びと能の謡 「能楽の淵」トップページへ


 ある日、私が自主練習として『天鼓』のキリを謡っていて、

 また打ち寄りて現か夢か。また打ち寄りて現か夢幻とこそ。なりに

 そこまで謡って、突然詰まってしまいました。最後は「なりにけれ」だったか、それとも「なりにける」だったのか。「なりにけ〜…(悩んでちょっと止まる)…れ(←少し不安げ)」と、とりあえず謡ってから、慌てて合ってるか確かめました(笑) ちなみに正解は「なりにけれ」。合ってて良かったです(笑)

 多くの謡は「…ける」、または「…けれ」で終わっています。

 「…ける」の例

『野守』  大地をかつぱと踏み破つて。奈落の底に。入りにける
『歌占』  友呼びて。伊勢の国へ帰りける。伊勢の国へ帰りける
『合浦』  千秋萬歳の宝乃珠ハ。合浦の浦に。納まりける

 「…けれ」の例

『蘆刈』  御津の浦曲の見つつを契りに。帰ることこそ。嬉しけれ
『猩々』  覚むると思へば泉はそのまま。尽きせぬ宿こそ。めでたけれ
『清経』  げにも心は。清経が仏果を得しこそありがたけれ

 これらをよく謡い間違えるんです、私(^^;) ちゃんと暗記してないってことなんですが、これを分けて覚えるうまい方法はないものかと。謡うたびに「けれ、ける、どっちやったかな〜」と悩んで、謡が不安げになるのは避けなければなりません。

 そんなことをちょろっと口にしたら、ある先輩がこともなげにこう仰せられました。

 「前に『ぞ』があったら『ける』、『こそ』があったら『けれ』やで」

 確かに。実は単純なことでした。中高の古典の授業で習った「かかり結びの法則」です。完全に忘れてたなぁ(汗)

 一応説明しておくと、「ぞ」や「こそ」は係助詞と呼ばれる品詞で、結びを連体形にしたり、已然形にしたりする働きを持ちます。「ける」にしても「けれ」にしても、文法的にいうと過去の助動詞「けり」の活用形。それが「ぞ」「こそ」によって形が変わっていたのです。「ぞ」「こそ」もない『経政』の謡は「…けり」で終わってます。

 燈火を吹き消して暗まぎれより。魄霊ハ失せにけり。魄霊の影ハ失せにけり

一応、「けり」の活用表を挙げておきます。なんだか中高生に戻った気分です(苦笑)

___ 未然形 連用形 終止形 連体形 已然形 命令形
けり けら けり ける けれ

 考えてみれば、古語文法の知識を実際に役立てて使うことができるのは、能の謡を習ってる人ぐらいじゃないのでしょうか(笑) 私は古典を読むのが趣味ですけど、読む上では活用形など気にしなくても読めますし。

(2004/03/18)

オススメ本
謡曲集
小山弘志、佐藤健一郎
 能の詞章を語釈と現代語訳付きで読むことのできる本。重いので持ち運びには向きませんけど。

つれづれ雑感
唱聞師の能 / 係り結びと能の謡 / 世阿弥の能本 / 能と狂言 / 紫式部と和泉式部 / 紀伊山地の霊場と能・狂言