吉備真備入唐
『吉備大臣入唐絵巻』より
『吉備大臣入唐絵巻』より
 吉備真備は、奈良時代の大学者です。

 備前国の豪族である下道氏の出身ですが、若くして唐に留学し、多くの典籍・武具・楽器などをもたらした功によって出世。当時の皇太子・阿部内親王(後の孝謙・称徳天皇)の東宮学士となります。後の、藤原仲麻呂の時代には疎まれ九州へ左遷され、さらにもう一度遣唐使として派遣されますが、孝謙上皇が仲麻呂との対立を深める中、平城の都に呼び戻され、藤原仲麻呂(恵美押勝)の乱においては孝謙上皇軍の参謀として活躍。孝謙上皇が再び即位した称徳朝において、右大臣にいたります。

 彼はその稀有な才能と唐からもたらしたものの影響の大きさ、そして地方豪族出身としては異例の右大臣という官歴などが相まって数々の伝説を持つ人物となります。最初の留学の19年間という長さについても、唐の玄宗皇帝がその才能を惜しんだため、という話もあります。

 (実際に、共に渡唐した阿部仲麻呂は「朝衡」という名前で唐朝廷に仕えることとなり、結果、日本に帰ることはありませんでした。百人一首にも採られている「天の原ふりさけ見れば 春日なる三笠の山に出でし月かも」の和歌は、唐で出世しようとも心は日本にあった仲麻呂の心情を表すものとして有名)

 ところで、真備の唐で活躍が変化して説話となったものが『江談抄』の「吉備入唐の間の事」です。

 真備があまりに才能溢れるので、唐人たちがどうにかして難問を突きつけ、解けなければそれを理由に殺してしまおうとしますが、真備は昔、同じように遣唐使として唐に渡り殺された阿部仲麻呂の霊(本当は同時代やっちゅーねん(笑))に助けられ、唐側の陰謀を打ち破る、という話です。唐側がたくさん出してくる難問の中に囲碁の勝負があるわけです。ああ、長い前置きだった(笑)

 物語の最初、真備が唐にやってくると、「諸道、芸能に博く達り、聡恵あり」そのあまりの聡明さに唐人たちは恐れ恥じて、「我ら安からぬことなり」こんなヤツがいたら安心できない、ということで楼に閉じ込めてしまいます。そして最初は『文選』を無理に読ませて恥をかかせようとするのですが、そこに阿部仲麻呂の霊が現れ彼の「飛行自在の術」によって『文選』の講義所へ飛び、その講義を聞くことで真備は全てを覚えてしまいます。こうして、唐人たちの最初のたくらみは失敗に終わります。

 次に、唐人たちは「才は有りとも、芸は必ずしもあらじ。囲碁を持って試みんと欲ふ」といって、唐一の碁の名人を呼んで真備と対局させようとします。一方、囲碁のことを知らない真備は、閉じ込められた楼の格子状の天井を碁盤に見立てて仲麻呂の鬼に稽古をつけてもらいます(真備に碁を教える仲麻呂は、『ヒカルの碁』における藤原佐為みたいなもの!?)

 もっとも実際には西暦600年以前には囲碁は日本に伝来していましたし、遣唐使には「遣唐使碁師」という人員を設けるという決まりがあったぐらいですから外交に囲碁は重視されていたわけで、しかも一級の文化人だった真備が囲碁を打てないはずはないのですが。まあ、この辺りは話の都合上ってヤツですね(笑)

 唐の名人と真備の対局は、互いにしのぎを削る熱戦となります。その中に隙を見た真備は、唐方の黒石をひとつ呑み込んでしまいます。唐方はそれに気づかず対局は続けられましたが、結局、最後の一石を失った唐方の負けとなります。愕然とする唐人。しかし不審に思って碁石の数を数えます。すると、黒が1つ足りない。さっそく占人を呼んで占わせると、卦には真備が碁石を飲み込んだと出ます。唐人たちは真備に詰め寄りますが、真備はしらばくれます。

 唐人たちはそれなら、と呵梨勒丸(ありろくがん)という下剤を飲ませて、排便の中から碁石を探し出そうとします。しかし、ここで真備は術を使い、碁石を腹の中に封印してしまいます。唐人たちは臭いのを我慢して排便の中を調べますが、結局見つからず、悔しい思いをして帰っていきました。

 ……真備ってズルい(汗) 『ヒカルの碁』の10巻で1つの反則を巡って、あんなに苦悩したヒカルと伊角さんの爪の垢でも煎じて飲ませたいぐらいです(笑) まあ、命がかかってるわけだし、話の筋的には唐側が悪いわけで(でも、メイド・イン・ジャパンの話なので、勝手に悪役にされた中国がカワイそう(笑))手段なんて選んでられないのでしょうし、実際には老獪な政治家だったであろう真備の姿を表しているようにも感じます。でも、相手が狡い手を使おうとも苦難のヒーローは真っ当な勝負をしなきゃいけないんじゃないんですか!?(笑) そんなことを思ってしまいます。

 囲碁の勝負の後も、真備の試練は続きましたが、仲麻呂の霊や日本の神仏の助けにより事なきを得ます。最後に唐側は真備を餓死させようと食料を止めますが、仲麻呂の霊に双六の筒を用意させて、その中に中国の日月を隠してしまうという大魔術を使います。これによって真備はついに釈放され、日本の国へ帰国する、と筋になっています。

(written on 2003/01/22)


トップゆげひの碁>吉備真備入唐
「世の中に昔語りのなかりせば―」
http://funabenkei.daa.jp/yononaka/