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能や狂言の会の場合、最後に「附祝言」という短い謡が謡われます。昔は最後に祝言の能を演じていたものが省略されて、短い謡だけで済まされるようになったものだそうですが。 能なら『高砂』の最後、 千秋楽は民を撫で。萬歳楽は命の延ぶ。相生の松風颯々の声ぞ。楽しむ が定番で、能まんが『花よりも花の如く』の最終ページにも書かれてます(笑) もっともその会で『高砂』が演じられた時には使えないので、ほかにも何種類か違う曲を使う場合もあります。狂言の場合は、上方(関西)だけの風習だそうですが、『靱猿』などの最後に謡われる なほ千秋や萬歳と。俵を重ねて面々に。楽しうなるこそ。めでたけれ が定番です。 もっとも最近、これが行われない会も多いようです。でも、演じた場・演者、そして観にきた人々のこれからの幸いを寿ぐ(言祝ぐ)意味合いがあるように感じて、大好きな風習なんです。附祝言。行われないと少しだけ残念。 ところで附祝言の仲間に「追加(ついか/ついが)」といって、追善の公演の最後に能『融』の最後の謡、 この光陰に誘はれて。月の都に入り給ふよそほひ。あら名残惜しの面影や。あら名残惜しの面影 と謡うこともあります。「面影」でぷつと切ったように切る体言止メが、故人を想う雰囲気を上手く作り上げてて、これも好きです。ほかに『海人』(観世流『海士』)などが謡われることもあるようです。 狂言では追加として『祐善』が謡われることがあるようです。 (2004/12/29) |
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