文荷(ふみにない) 「能楽の淵」トップページへ


■あらすじ

 主人は左近三郎という人へ手紙を届けるよう、太郎冠者と次郎冠者へ命じます。二人は連れ立って歩きますが、お互いに相手に持てと押し付けあった結果、二人一緒に持つことにして、竹の棒の中間に結びつけ二人で担いで行きます。途中で、これは恋文だから重いと言い、能『恋重荷』の一節を謡っているうちに、ついに文を下ろして座り込んでしまいます。太郎冠者の提案で二人は手紙を開いて読んで、主人の文章をあげつらって楽しみます。争って読むうちに手紙が破れてしまい、切れ端を「風の便り」などと謡いながら扇であおいでいると、迎えに来た主人に見つかって追い込まれてしまうのでした。

■ゆげひ的雑感

 人の恋文の中身を見て、しかもそれをネタにふざけあう太郎冠者と次郎冠者。最悪ですね(苦笑) しかし、「そろりそろり参ろう」のさおりさんがおっしゃってたように、狂言の「太郎冠者」というキャラクターだと嫌らしさというか生臭さをわりとあっさりと表現されます。狂言だからできる表現ではないでしょうか。

 ところで手紙の送り先は大蔵流は「左近三郎」、和泉流は「千満」といいます。どちらにしろ実は男に送った手紙だったんですね。中世に多かった少年愛なんだそうです。私が見る狂言は大蔵流が多いので見たことはないですが、和泉流では主人の「少人狂い」を批判する演出もあるとか。

 この『文荷』の中で二人が一節を謡う『恋重荷』は―

 山科長者という身分の低い老人が自分に恋をしていると聞いた白河院の女御が、恋に上下の隔てはない、恋する者に相応しい荷があるので、その荷を持って百度千度と庭を巡れば姿を拝ませよう、と言った。それを廷臣から聞いた老人は荷を懸命に持とうとしますが持ち上がらない。美しい綾錦で包んで軽そうに見えるものの実は重荷。なぶられたと思った老人は、女御に思い知らせようといって怨み死した。(中入)

 祟りを恐れる廷臣の勧めで女御が庭に姿を見せると、髪を振り乱した老人の怨霊が現れ女御を怨み責めるが、ついに妄念は消え、女御の守り神になろうとって去る…

――というストーリーの能です。結末がちょっと不自然な気がしますが…それはともかく、『文荷』の中で謡われる部分、

由なき恋をすがむしろ。臥して見れども寝らればこそ。苦しや独り寝の。我が手枕の肩替えて。持てども持たれず。そも恋は何の重荷ぞ(流儀などによって、多少違いあり)

は老人が必死で重荷を持とうとする箇所です。今の能の演出では手をかけて持ち上げようとしますが、昔は荷物の縄に棒を通して持ち上げるようとするものもあったそうで、これをパロディとして狂言に挿入したのでしょう。能が描く懸命に持ち上げようとする老人の姿を想像して、紙の手紙を重い重いと言って腰を下ろしてしまう太郎冠者&次郎冠者。そのギャップをパロディとして楽しむことができてもいいかな、と思います。

(2004/04/14)

DATA

大蔵・和泉

分類:太郎冠者狂言


登場人物
シテ:太郎冠者
アド:次郎冠者
アド:主人

オススメ本
狂言鑑賞案内
小山 弘志
 狂言現行曲のほとんどについて、その演出を主にまとめ、整理した本。

狂言の曲を語ってみる
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