彦根城能 喜多流《竹生島-女体》ほか

京都から彦根は遠かった

8日の話、最終編です。壬生狂言の《土蜘蛛》が終わると、友人と別れて京都駅へ急ぎました(友人に、残りの壬生狂言の感想レポートを頼むのは忘れません・笑)。目的地は約10日ほど前に行ったばかりの彦根城博物館。

前回の時に「彦根藩の能楽史」を知れたことが嬉しくて嬉しくて。彦根藩の主な流派だったという喜多流と、井伊直弼ゆかりの狂言《狸腹鼓》の上演です。面白そうですねと書きましたが、その日が偶然ながら休みだったので、これは行くっきゃないと!

寂昭さんに教えていただいたのですが、演じられた《竹生島》《自然居士》ともに琵琶湖が舞台の能ですし、特に喜多流の《竹生島-女体》の小書(特殊演出)は井伊家の好みで作られたものなんだそうです。

というわけで、感想。

弁才天がシテとなる《竹生島-女体》

まず最初が能《竹生島-女体》。「女体」の小書は 常の《竹生島》の後場で龍神がシテ、女神の出立で登場する弁財天がツレとなっているのを逆転させて、弁財天がシテ、龍神をツレとするものです。

ただ《竹生島》という能自体、古来多くの霊場が女人を穢れある者として禁制であったのに対して、竹生島は弁財天は女体にて。その神徳もあらたなる。天女と現じおはしませば。女人とて隔てなしであるということを描くことがテーマだと思うので、なかなか能の主題に沿った形の替の演出だと面白く感じてます。元々の演出でも、後場は弁財天の方が目立ちますしね。

演出の変化としては、前場は前シテ・前ツレの登場楽が「一声」から「真之一声」に変化するぐらい。ただし、前シテ漁翁を演じた役者が後シテ弁財天を演じるため、我は人間に非ずとて。社壇の扉を押し開き御殿に入らせ給へばという謡でツレの海女が幕に入って、翁も水中に入るかと見しがという謡で漁翁が御殿に入ってしまうのは違和感しきり。能で細かい理屈を合わせる必要はないと思いますが(新たに工夫された演出などで、理屈はよく通るけれど、スケールは小さくなってしまった舞台も見たことがありますし)、ここまで大きな非合理だと「前シテ・後シテは同人」という能の原則で押し通すのはどうなのだろう、と思ってしまいます。

後場は「天女之舞」が「盤渉楽」に変化。龍神の舞働の最後で位が締まり、龍神の謡である元より衆生。済度の誓ひが弁財天の謡になって、キリも弁財天が舞う。天女は宮中に入らせ給へばまで弁財天の位ですが、龍神は則ち湖水に飛行してから地謡がノって、狂言座のあたりに座っていた龍神がまた派手に動き出して、波を蹴立て。水を覆してと角で拍子を打ち、天地に群がる大蛇の形の謡で幕に飛び込む。返シの天地にからは再び謡がグッとしまって弁財天が舞台を一周するかのように廻り、謡が終わった後も囃子が残って一クサリ囃して、常座で留め拍子を打って終わる。

…細かい演出を長々と書きましたが、関西ではあまり見ない舞台だと思ったので、自分への記録用です。ちなみに弁財天の出立は白地の舞衣に緋大口・天冠。天冠についていた立テ物は月輪でした。面は増でしょうか。龍神は法被を片肩脱がずに着ていたのが珍しかったですね。

とにかく「たっぷり」とした《竹生島》でした。前シテの出もかなり「たっぷり」目な感じでしたが、後の楽が特に「たっぷり」で、ほぼ2時間弱もある《竹生島》でした。

ちなみに間狂言も「たっぷり」。井伊家のお好みで喜多流「女体」の小書が作られた際に、同じく井伊家お抱えだった茂山千五郎正虎(九世。初世茂山千作)が作った特別なものなんだそうで、茂山正邦師のお言葉を引用しますと

この喜多流『竹生島』に「女体」という小書(特殊演出)が付くと、
いつもの間狂言よりは難しい・長い間狂言になるんです。しかも仏さんの名前や仏教用語が沢山・・・
特に一人語りのところが15分弱もあるんです。基本的には他家・和泉流にはないようです。

なぜかというと、この喜多流の「女体」という小書きを作ったのが井伊家だそうで(井伊家のお抱えは喜多流と我が家でした)、それに合わした間狂言を作ったのが正乕だそうです。
茂山千五郎家「SOJABlog」2007年2月25日

なお、番組には末社之神とありましたが、実際には社人でした。「狂言来序」の囃子で登場しましたけどね。

彦根城博物館の能舞台は、舞台・見所にそれぞれ屋根はあるんですが、白州で隔てられて違う建物になっている半野外の舞台。で、うっすらと虫の音や烏の鳴き声などが聞こえるんですが、これが情景としてとっても良い感じ。

特に開演の時はまだ明るかったのが、「楽」を舞い終わった頃には日が暮れていて、まさに夜遊の舞楽も時過ぎての謡通り。ライトアップされた舞台にたなびく舞衣に金箔で押された鳳凰と扇の柄が、なんとも幻想的で美しかったです。

井伊直弼好みの《狸腹鼓》

《狸腹鼓》を見るのは3度目です。前半のシテ・アドの間の緊張感が、腹鼓の場面でふっと軽減されるのが好きなのに、名乗りの「狸でござる」あたりからクスクス笑う声が多くて、ちょっと残念でした。

シテの千五郎師、アドの正邦師どころか、後見の千作師・丸石やすし師までとっても気合いの入ってらっしゃる熱演でしたけれど、シテの台詞が途切れ途切れな場所もあったのは、少ししんどそう。二重の面・装束を身につけて演じるのは大変な負担なのは分かりますけれど…。

少年が浚われる喜多流《自然居士》

《自然居士》は、子方が少年であること、最初にワキが登場することなど、演出としては前に大阪金春会(2005年11月16日、シテ:金春穂高師)で拝見したものに近かったです。

ただ、今まで見た自然居士は、ワキの人商人とぶつかり合って勝つというイメージが強かったのに対して、今回のものはそういう面がないわけではないのですが、時には人商人からの挑発や脅迫を柳のように受け流すようにも見えて、より「人商人の上手を行く自然居士」という雰囲気が感じられたように思います。

最後の羯鼓の前は、ワキが元より鼓はと謡って波の音と地謡が受ける形で、これは好きなので大満足でした。下掛宝生流の演出だと聞いていますが、前の大阪金春会に引き続き、福王流で見ました。金春流の場合は謡本でワキの担当になっているので、それに福王流の方であわせたのだろうと思うのですが、今回はどういう流れでこうなったのでしょうか。

彦根城能

◆10月8日(祝)16時~ 於・彦根城博物館能舞台(滋賀県彦根市)

★喜多流能『竹生島-女体』
 シテ:塩津哲生 ツレ:佐々木多門・高林呻二
 ワキ:福王知登 ワキツレ:山本順三・喜多雅人 アイ:茂山正邦
 笛:赤井啓三 小鼓:清水皓祐 大鼓:山本哲也 太鼓:井上敬介
 地頭:長島茂

★大蔵流狂言『狸腹鼓』
 シテ:茂山千五郎 アド:茂山正邦

★喜多流能『自然居士』
 シテ:香川靖嗣 子方:狩野祐一
 ワキ:福王和幸 ワキツレ:永留浩史 アイ:松本薫
 笛:赤井啓三 小鼓:清水皓祐 大鼓:山本哲也
 地頭:友枝雄人

Pocket
LINEで送る

柏木ゆげひ

大学の部活動で能&狂言に出会ってから虜→現在は会社員しながら能楽研究の勉強中。元が歴史ファンのため、能楽史が特に好物です。3ヶ月に1回「能のことばを読んでみる会」開催中。能楽以外では日本史、古典文学などを好みます。

オススメの記事

7件のフィードバック

  1. やまが より:

    柏木さま
    「さやばしり」のやまがです。私のほうに書き込みいただきありがとうございます。さすがに詳しいのみならず,的確な記録で感服しております。
    せっかくトラックバックしてくださいましたので,私のほうからもさせていただきます。これからもどうぞよろしくお願いいたします。

  2. ★やまがさん
    コメントありがとうございます。
    私の書いているのは…記録と一言感想って感じですね(^^;)
    やまがさんの詳細な記録と的確な感想に圧倒されてます。
    これからも楽しみにさせていただきますね(^^)

  3. 数寄物語のくろさんしょです。コメント、トラックバック、ありがとうございます。反応が遅くてすみませんっ。
    彦根城能は、ホントに、「たっぷり」という表現がぴったりの催しでしたね。ゆげひさんの記事を読んで、とっても勉強になりました。
    ブログ、HP、以前から拝見しております。会場にいらっしゃったのなら、お会いしてみたかったです~。これからも拝読させていただきますね。では。

  4. NEXTNEXT より:

    柏木様
    はじめまして藤田@NEXTNEXTと申します。
    いま『竹生島』をお稽古しているので大変勉強になりました。
    「一声」とか「真之一声」というのはお囃子(というのでしょうか)が違うのですね、謡本に書いてあるのを見てどう謡いに反映させたらいいのだろうと悩んでおりました。
    また舞台と見所が分かれている能楽堂はいいなあと思いました。時間とともに明るさが変わっていくなんて素敵です。
    今後ともよろしくお願いいたします。
    藤田
    東京都大田区

  5. お返事遅くなりまして申し訳ございません!
    ★くろさんしょさん
    くろさんしょさん、こんにちは、
    お返事いただきありがとうございます。
    彦根城能、たっぷり堪能できて良かったです。
    次は藩主気分で、翁付き五番能とか見てみたいような(笑)
    「能楽の淵」をご覧頂きありがとうございます。
    ふいにそう言って頂けるのが嬉しいです。
    どうかこれからも宜しくお願いいたします。
    ★藤田@NEXTNEXTさん
    初めまして。コメントありがとうございます。
    「一声」「真之一声」は、主にシテが登場する時に囃される
    囃子の名前ですね。脇能(初番目物)の能では、ほとんど「真之一声」が
    使われるのですが、『竹生島』の場合、常では「一声」です。
    「一声」「真之一声」の後には、多くの場合、
    「一セイ」と呼ばれる拍子に合わない七五調の謡が続きますが、
    囃子の調子を受けて謡うそうです。
    彦根城博物館能舞台は、かつて同じ場所に存在していた
    彦根城表御殿の能舞台が移築されて使われている物です。
    ここで能を拝見していると、だんだん藩主気分になってくる…
    というのは言い過ぎでしょうか。でも、良い感じの舞台ですよ~。

  6. たろう より:

    >天冠。天冠についていた立テ物は↓こんな感じの形でした
    これは家紋などでは「日月」を表す形ですね。
    竹生島のストーリーに合わせたものではないでしょうか?

  7. コメントありがとうございます。
    このブログを書いてから4年ほど経ち勉強いたしましたが、「日月(じつげつ)」もしくは「月輪(がつりん)」と呼び、天冠では一番基本的な立物ということです。
    仰る通り、〈竹生島〉にある「月も輝く海面に」の謡にあわせたものかもしれませんね。