千五郎家の好きな/嫌いなところ

納涼茂山狂言祭2005 大阪公演 第二日
2005年8月28日(日)14時~ 於・大槻能楽堂

★大蔵流狂言『萩大名』
 シテ(大名)=茂山千作
 アド(太郎冠者)=茂山茂
 アド(庭の亭主)=茂山千三郎

★大蔵流狂言『月見座頭』
 シテ(下京の座頭)=茂山千之丞
 アド(上京の男)=茂山正邦

★新作狂言『死神』(作:帆足正規、演出:茂山千之丞)
 シテ(男)=茂山千五郎
 アド(死神A・B)=茂山あきら
 アド(奥方)=松本薫
 アド(召使A)=丸石やすし
 アド(召使B・C)=茂山茂・茂山童司

★大蔵流狂言『萩大名』

 長らく在京した田舎大名が帰国の前に、太郎冠者の案内で、ある庭園に萩の花見に出かけます。当座に和歌を所望された場合を予想して、太郎冠者が聞き覚えの一首を教えますが、大名は覚えられません。物になぞらえてとりあえず覚えこみますが、肝心の詠む段になってもしどろもどろ。あきれた太郎冠者は途中で退散してしまい、大名は苦し紛れに「萩の花かな」というところを「太郎冠者の向う脛」と言ってしまうのでした。

 『萩大名』は千作師の魅力を堪能したという感じでした。大阪城薪能では、動くのが大変そうだっただけに心配していたのですが、そんな懸念を軽く吹き飛ばすような、無邪気で愛嬌のある大名を好演されていました。

★大蔵流狂言『月見座頭』

 『月見座頭』のあらすじはこちらを参照。とにかく感動でした! なにせ私が好きな演目を好きな演者で、正面から見ることができるわけですから、最高の贅沢です。座頭が虫の音に耳を澄ます箇所では、不思議とリーンリーンという音が聞こえてくるような気すらしましたし、酒宴の場の、初めて会った二人が共に謡い舞える雰囲気は、本当に良かったなと思いました。

 そういえば、アド役の正邦師は、千之丞師が抜かすかもと仰っていた「良い形(なり)の。良い形の」のセリフを仰っていまっした。やはり素で酷い話だと思いますね。突き倒された後に、座頭が「さっきの人と違って、情けない男もいるものだ」というのがますます哀れを誘います。

 それにしても、茂山千五郎家の狂言会ではいつも感じることですが、客が過剰に笑おうとする気がします。『月見座頭』では互いに和歌を詠みあう部分で笑いが起きていましたが、なんで笑いなんて起きるんだか…私には分かりません。せっかく千之丞師と正邦師が作り上げられた情緒的な雰囲気が壊されたように感じて嫌でした。

★新作狂言『死神』

 借金苦で自殺をはかる男の前に死神が現れ、助かる病人の見分け方を教えます。男は死神の教え通り医者になり、病人の足元に死神がいたときは呪文を唱えて退散させ、礼金を稼いで行きます。ある日男は病気の長者を診察し、枕元に死神がいるのを見ますが、死神が居眠りをしている隙に、長者の頭と足を逆にし、命を助けます。しかし、その代わりに自分の命を表すロウソクの火が消えてしまうのでした。

 『死神』を見るのは2度目ですが、やはり好きになれません。あらすじ自体は面白いですし、二人の死神を面を変えることで演じ分けたり、病床の長者を能『葵上』に倣って、舞台に置いた小袖で表現するなど、とても工夫されてもいるのに、その一方で死神を眠らせる部分で「眠~れ、眠~れ、母の胸に」のメロディを使ったり、「これは出町柳より西に住いいたす茂山千五郎でござる」「そのロウソクは最近生まれた汝の双子の孫じゃ」といった内輪ネタを使ったり、狂言以外の部分で笑いを取ろうとするのが鼻に付くのです。

 十分に狂言の素の力で面白いのに、どうしてかな…。茂山千五郎家の好きな部分と、嫌いな部分を両方見せ付けられたような会でした。

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柏木ゆげひ

大学の部活動で能&狂言に出会ってから虜→現在は会社員しながら能楽研究の勉強中。元が歴史ファンのため、能楽史が特に好物です。3ヶ月に1回「能のことばを読んでみる会」開催中。能楽以外では日本史、古典文学などを好みます。

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