上田観正会定式能

2005年5月3日(火・祝)13時開演 於:上田能楽堂

★観世流能『玉鬘』
 前シテ(里女)/後シテ(玉鬘)=梅谷宏
 ワキ(旅僧)=福王和幸
 アイ(初瀬寺門前の者)=丸石やすし
 笛=野口傳之輔 小鼓=荒木建作 大鼓=辻雅之

★大蔵流狂言『二九十八』
 シテ(男)=茂山あきら
 アド(女)=茂山童司

★観世流能『国栖』
 前シテ(漁翁)/後シテ(蔵王権現)=上田大介
 前ツレ(老嫗)=尾崎光正
 後ツレ(天女)=上田宜照
 子方(浄見原天皇)=上田嶺貴
 ワキ(侍臣)=福王知登
 ワキツレ(輿舁)=永留浩史・喜多雅人
 アイ(追手の兵)=木村正雄・柳本勝海
 笛=野口亮 小鼓=吉阪一郎 大鼓=守家由訓 太鼓=上田悟

 上田観正会定式能に行ってきました。上田家の兄弟の方々や笠田昭雄師は好きな役者なんですが、なぜか行くのは初めて。学生1,000円の安さが魅力です。上田能楽堂のサイトからで申し込んだら、さらに1割引していただいて、能と狂言1番あたり300円で見てしまいました(笑)


★観世流能『玉鬘』

 旅の僧が初瀬寺に赴くと、川舟を操って来る女性がいて、僧とともに有名な二本杉に案内する。女は僧に『源氏物語』の玉鬘の話を聞かせる。やがて自分こそその玉鬘の霊だとほのめかして消えうせる。(中入) 僧が弔いをすると、玉鬘の霊が髪を振り乱した姿で現れ、男たちの間の恋の迷いのせいか、死後も妄執の苦しみから逃れられない身であると打ち明ける。

 観世流以外では『玉葛』と書く能ですが、今ひとつ、「良かった」と思った演能に会えたことのない能です。まず、後半の狂乱の理由がよく分からないですし。『能・狂言事典』には、作者の「禅竹はことさらあいまいな形で感覚的に訴えかけるという傾向があるように思われる」とあるぐらいで。

 シテの梅谷宏師は初めて拝見した方ですが、全体的にフラついていて、型通りに演じるのが精一杯というように見えました。立ち止まって謡う箇所でも、どうも安定しない。綺麗に立っているワキの福王和幸師と対称的でした。

 面白かったのは間狂言。『源氏物語』に基づいて、玉鬘が光源氏に引き取られるまでを語るのですが、九州での求婚者・大夫の監について「大夫の監と申す悪党の候」。玉鬘側から見れば悪党かもしれませんけど、そこまで言うのは可愛そうにも思うのです(^^;) 丸石やすし師による『源氏』語りは実に力があって楽しかったです。

★大蔵流狂言『二九十八』

 ある男がふさわしい妻を授かりたいと、清水寺の観世音の堂に篭ります。西門に立つ女を妻にせよとの霊夢を受けたので、さっそく行ってみると衣を被いた女がいます。男と女は和歌で問答を交わし、「春日なる里とは聞けど室町の、角よりしてはいくつめの家」と家を問うと「にく」と言って姿を消します。「にく」とは九九の「二九」、つまり18軒目だろうと、男がその家を訪ねると果たしてその女が待っていました。喜んで千年も万年も連れ添おうと被き衣を取ると、ひどい醜女なので驚いた男は逃げてしまうのでした。

 「この年になるまで、未だ定まる妻がおりません」と名乗ったり、照れながら女に「もしかして、ご霊夢のお、つ、お妻さまではござらぬか」と尋ねるあたりは、ある程度以上の年齢だとますます可愛い感じが漂って好きです。今日の茂山あきら師も。「にく」と言われたときも、「憎く」と言われたと思って慌てる姿など。

 しかし、男自身、顔を見るまでは「和歌も読めれば算術もできる」と喜び、結婚のためにしっかりお酒を用意してると気がききますし、顔を見た後も「わらわが人をやりましょう」と裕福らしいことも暗示させているので、随分ステキな女性なのではないかと思うのですが。

 なによりも清水の観世音菩薩が授けてくれた妻ですもの、男に最も相応しかったのではないのかな、と思わないでもないです(笑) まあ、乙の面は強烈ですけど。顔を見た時のあきら師のアクションは、いかにも腰を抜かした感じが出ていて面白かったです。

★観世流能『国栖』

 浄見原天皇は大友皇子の襲撃を逃れて吉野山に分け入る。川舟を操る老人夫婦はあばら家の上を流れる星に不思議な前兆を見て帰宅するが、すると紛れもなく天皇の姿がある。老夫婦は家に天皇を匿い、川で取れた国栖魚を焼いて饗す。天皇が国栖魚の片身を残して老人に下げ渡すと、老人は占いをしてみようと魚を川に放す。すると魚は生き返って泳いで行ったので、これは吉兆であると喜ぶ。そこに追手がかかり、老人は天皇を舟底に隠し、言葉巧みに追手を追い返す。夜に入ると老夫婦の姿は消え、変わりに天女が現れ舞を舞い、さらに蔵王権現も現れて威力をしめし、天皇の御代の将来を祝福する。

 星の前兆、魚を放す占い、追手との対決、天女の舞、蔵王権現の出現と展開がダイナミックな曲です。こういう曲大好きです。ネタとして古代史が使われているのも私好み。ただ、「この君と申すに御譲りとして。天つ日嗣を受くべきところに。御伯父何某の連に襲われ給い」と、大友皇子が浄見原天皇(天武天皇)の伯父とされてますが、史実では逆です。天智天皇と天武天皇が兄弟で、大友皇子は天智天皇の息子ですから。

 最初から囃子も気持ち良いぐらい飛ばしてました。シテの上田大介師はとても体格の良い方で、最初に登場した時「ガタイの良い漁師やな~」と思ったものでしたが(笑) しかし、追手に舟の下を探させろ、と言われて「山々谷々の者ども出で合いて。あの狼藉者を打ち留め候え!打ち留め候え!」と手を打つのは、とても決まってました。狂言方も恐れをなして、「このような所に長居は無用じゃ」と帰ってしまいます。木っ端役人ですけれど、能の中で狂言方だからこそできる演技ですよね(笑)

 天女の舞は普通は「下リ端」という登場楽を舞にする特別なものですが、今回は「楽」という舞楽を模した舞。足拍子の多い舞で、見ているこっちもウキウキするような。舞っていた上田宜照さんは少し淡白な舞だし、扇扱いも荒いですが、まだ16歳ですし。足拍子でも腰が安定していて伸びやかな舞が良かったです。


 ところで、いつもながら能の会での、狂言を見る時のマナーって悪いです。目の前で茂山あきら師が演技しているのに、平気でうろうろしたり、喋ったりしてるのですから。お金払えば何しても自由ですか? テレビなどではなくて、生の人間が演じている舞台だってことは考えたら良いのに。

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柏木ゆげひ

大学の部活動で能&狂言に出会ってから虜→現在は会社員しながら能楽研究の勉強中。元が歴史ファンのため、能楽史が特に好物です。3ヶ月に1回「能のことばを読んでみる会」開催中。能楽以外では日本史、古典文学などを好みます。

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4件のフィードバック

  1. peacemam より:

    福王和幸さんって一度だけ拝見したことがあるのですが、大きくて堂々としていて声も通っていいですよね~。そちらで人気あるんじゃないですか?お父さまの舞台も一度拝見したのですが、言葉に出来ないくらいすごかったです。是非また観たいです。

  2. 確かに福王和幸師は人気ワキ方です。
    出演数も多く、しっかりした演技をされますし。顔も良い(笑)
    私が好みのワキ方は、和幸師の叔父の中村彌三郎師ですけれど。
    (和幸師が嫌いというわけではないのですが、
     彌三郎師の方がもっと好きなんです。)

  3. 紅緒 より:

    以前からちょくちょく拝見しておりますが、コメントは
    お初でございます♪(^^)福王和幸師と聞いたら、黙って
    いられないもので・・・(^_^;)
    関西では福王家を見る機会が多くて、羨ましい限りです。
    ひと月ほど大阪に滞在してお能三昧してみたいですね~。
    宝くじでも当たったらぜひ(笑)<無理。
    しかし、ゆげひさんのレポートは勉強になりますわ~。
    私のような能楽ビギナー(ミーハー傾向)には真似でき
    ません・・・これからも勉強させていただきます!

  4. 紅緒さん、コメントありがとうございます。
    まだ感想を書いておりませんが、今日見た能でも
    ワキは福王和幸師がお勤めでした。
    勉強に…なりますでしょうか。参考にでもしていただければ嬉しいです。
    でも正直、私は知識偏重で、もっと素直に観たいな、と思ってます。
    どうあれ、それぞれの人の感じたままが一番の感想ですよ。
    紅緒さんのレポートもいろいろ読んでますが、
    素直な感じ方を楽しみにしていますよ(^^)