『佐渡狐』『隅田川』

 休み二日目。さて前々日に書いた通り、今日は大槻能楽堂定例公演を見に行って来ました。

 チケット予約の電話をしたところ、すっかり名前を覚えられているようで「学生チケットですよね?」と言われました。思わず「はい」と答えたい誘惑に駆られました(笑)が、正直に「この三月で学生を終えました」と伝えました。

 大好きな能楽でズルいことはしたくないと思ったというのは表向き、狭い世界ですから、ここでウソついてもすぐバレると思ったというのが正直なところだったりして(笑)

大槻能楽堂定例公演
◆4月7日(金)18時半~ 於・大槻能楽堂
★大蔵流狂言『佐渡狐』
 シテ(佐渡の百姓)=善竹隆司
 アド(越後の百姓)=善竹隆平
 アド(奏者)=善竹忠一郎
★観世流能『隅田川』
 シテ(梅若丸の母)=山本順之
 子方(梅若丸)=赤松裕一
 ワキ(渡し守)=植田隆之亮
 ワキツレ(旅の男)=山本順三
 笛=光田洋一 小鼓=吉阪一郎 大鼓=白坂保行
 地頭=大槻文蔵

 『佐渡狐』は大好きな曲。佐渡に狐がいるかいないかで、佐渡と越後の百姓が争う話です。実際には狐を見たこともない佐渡の百姓がチンプンカンプンな答えを繰り返すのに、賄賂を贈られた奏者(判者)が懸命に答えを教える部分は大爆笑です。奏者役がまた、いかにも真面目そうな雰囲気を漂わせる忠一郎師だけに(笑)

 でも、そもそも争いのきっかけになった越後の百姓の「佐渡は島国で、いろいろ不自由が多いだろう」というセリフ。これに対して、佐渡の百姓がムッとして「いや、佐渡に足りないものなどない。むしろ佐渡にあって他国にないものはたくさんあるだろうが」と言い張ります。

 本州にあるという、それだけで妙な優越感を持つ越後の百姓。大した悪気はないのでしょうが、どこか見下したような言葉を言ってしまうのはいかにもありそう。佐渡の百姓も反論するついでに、不必要な大げさなことを言ってしまい、引っ込みがつかなくなるのも分かります(笑) 賄賂もポイントでしょうが、このやり取りこそが『佐渡狐』のポイントじゃないでしょうか。

 ただ少々気になったのは忠一郎師のお声が小さかったこと。芸風が真面目っぽく物静かな感じの方ではありますが、息子さんお二人の声量に対してちょっと…。大好きな演者だけにちょっと残念でした。

 それにしても「これは越後のお百姓でござる」「これは佐渡のお百姓でござる」「今日のお奏者です」と、それぞれの演者が自分に「お」を付けるのが毎回不思議に思います。一応、祝言を旨とする脇狂言だからでしょうか?


 『隅田川』を見るのは三度目。やっぱり大好きです。人買いにさらわれた子を探して、諸国を放浪する母親を主人公とした曲ですが、見つけたのは息子を弔う大念仏の場。その念仏を唱える中に重なって息子の声も聞こえ、姿も見えたかのように思えたのも一瞬、全ては幻だったという、考えてみれば救いのない作品ではあります。

 この能はドラマが進むほど、テンポとしてはゆっくりになって行きます。開演前の解説に「動より始まり、静に終わる」となんて言葉もありましたが、しかし気持ちとしては逆に一気に高まって行くように感じました。ワキの渡し守が語る大念仏の由来。それは紛れもない我が子の死について。それを聞いた母親に激しい動きはありませんが、渡し守に背を向けて泣く姿は、世の全てを否定するかのように強く胸に迫って来ました。

 作品を語る時に「泣く」とか「泣かせる」といった言葉はあまり好きじゃないんですが…思わず涙ぐんでしまいましたね。「声の内より、幻に見えければ」と子の姿が見えた時のシテの表情がなんともたまらず。求め続けた我が子の姿、それが目の前に現れ嬉しいような、同時に我が目を疑うかのような、なんともいえない表情でした。

 この曲は「我が子と見えしは塚の上の。草茫々としてただ標ばかりの浅茅が原となるこそ哀れなりける」と終わります。絶品だったのは最後の大小鼓の音。「イヤー」と。乱暴ではないけれど確かに強い掛け声で結ばれ、その音がじんわりと消えていったのが、謡とぼんやりと佇むシテの姿をじんわりと心に染み込ませるかのようでした。

 能や狂言での拍手っていろいろ言われますけれど、私は時と場合によると思います。でも、この能なんかは拍手はない方が良かったです…。ともかく良い狂言に能でした。少々忙しくても能や狂言は止められないなぁ、と再確認した舞台でした。

 次は何を見ようかな~?

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柏木ゆげひ

大学の部活動で能&狂言に出会ってから虜→現在は会社員しながら能楽研究の勉強中。元が歴史ファンのため、能楽史が特に好物です。3ヶ月に1回「能のことばを読んでみる会」開催中。能楽以外では日本史、古典文学などを好みます。

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5件のフィードバック

  1. 木白山 より:

    こんばんわ!
    『佐渡狐』も『隅田川』観たことないのですが、ゆげひさんの感想を読んでいるうちにとっても観たくなりました!
    馬場あきこさんのお話の中で、能は男性の世界であるのにも関わらず、他のどんな役(?)よりも、シテが老婆である曲が格が上がる。
    というようなことをいってました。 (何か違うかも,,,)
    『隅田川』とか『卒塔婆小町』など,,,。
    これらの能を観た事が無いので、今度チャレンジしてみます☆
    P.S
    学生券使えないのって痛いですよね;
    私も来年です(涙)

  2. peacemam より:

    正直者には金の斧を(笑)。
    いい番組を観る事ができてよかったですね。これがまた明日への活力になることでしょう。そうそう、やめられませんよね!

  3. ★木白山さん
    こんばんは! うわー過分なお言葉ありがとうございます。
    『佐渡狐』も『隅田川』も名曲ですよ。
    特に『隅田川』。初めて見た時は思わず号泣してしまい、
    未だにショックが忘れられません。
    ぜひ機会を探して、ご覧になってください。
    両方とも人気曲ですから、探せば見つかると思います。
    『隅田川』は遠国まで旅をするぐらいですから、
    老女というわけではありませんけれどね。
    「深井」とか「曲見」といった中年女性を表す面を使います。
    老女物を見るのは初めは恐々だったのですが、
    『卒都婆小町』は思ったよりテンポが良くて、会話が楽しめる能ですよ。
    三老女のひとつである『姨捨』なんて大好きですね。
    http://blog.funabenkei.daa.jp/?eid=331602
    (他は未見ですけれど)
    学生券が使える間にたくさん見に行かれてくださいませ。
    昔は良かったな、と思い返すことしきりです(笑)
    ★peacemamさん
    うわー金の斧を進呈いただけるんですか?
    はやく換金しなきゃ(笑)
    まさに能と狂言は明日への活力です。
    大学の後輩に「私はね、ひと月に1回は能と狂言を
    見ぃひんと生きていけへんねん」と言ったところ、
    「先輩、薬物みたいですね(笑)」と言われました(笑)

  4. クリ~ムぺんぎん より:

    ゆげひさんに観られていると思うと緊張しますね~。
    といいますか、相当緊張しておりました。
    ワキツレの道行で汗びっしょりでした。
    楽屋で最後の最後まで「皮」のチョイスを迷ったのですが、
    あとで一郎さんから「調子低くしたの?」と云われました。
    はい、念仏から後を意識して低い調子の皮にしたのです。ただし前半がちょっとツマッた調子になってしまいました。
    普段福岡の響かない舞台でやっているので、大槻の残響に、
    もっと軽い調子にすればよかったか・・・と思ったりしました。
    もちろん曲柄は考えましたが、決して弱くなく、しかし表面的でない声を心がけてみましたが・・・。
    さていかがだったのでしょう。
    トメの合頭は、確かにスーッとフェードアウトするような意識をもってやったつもりです。

  5. 大阪での来演、お疲れ様でした。
    私こそ、好き勝手なことを書いているのを能楽師の先生にも
    見られていると思うと緊張します…(笑)
    でも、クリ~ムぺんぎんさんのお舞台はいつも楽しみにしておりますし、
    行くと期待以上の満足を得て帰ってますので、
    これからも頑張ってください!
    やはり福岡の舞台と、大阪の大槻能楽堂では反響などが
    違うんですね。そういった舞台による違いも感じられるように
    なったら良いんでしょうけれど…まだまだです。
    トメの合頭、本当にステキでした!